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□いいかもしれない
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かさりと紙を捲るちいさな音がした。

それから、あ、というトウヤの声。

「どうかしたの?」

本から目を上げて振り向けばカレンダーの前に立つトウヤの姿。

今日、何かあったっけ?

ベルの誕生日でも、トウヤとトウコの誕生日でもなかったはずだ。

「一年、かあ」

「一年?なにが?」

「俺たちが旅にでてから、一年」

振り向きつつトウヤはそう言った。

ああ、とやっと合点がいった。

そういえば、丁度こんな時季だったかもしれない。

一年前は、もう少し涼しかった気もするけれど。

「日にちまで覚えてたの、きみ」

「まあね……一年、か」

感慨深げに響いた声。

旅に出てから今まで、思い返せばあまりにも濃すぎる一年だった。

ぼくたちみんな、あの頃からとても、それはきっと不必要なくらいに、成長したと思う。

「随分さ、広くなったよな」

「そう、だね」

幼馴染だけで回っていた世界が、たくさんの人に、ポケモンに出会って、変わった。

寂しい、なんて言ったらおかしいのだろうけど。

「N、ちゃんと生きてんのかな」

「はは、死にはしてないだろ」

「んー……」

あれから、トウヤはこうして彼に思いを這わせることが多くなった。

胸のくるしさをやり過ごすのにも、もう慣れつつある。

トウヤが好きなのはぼくだって、わかっているから。

少しの息苦しさを紛らすために窓を開けた。

まだ、夏みたいに暑い。

けれど、微かに漂って来る秋の香りが季節の変わり目を伝えていた。

「ねえ、外行こう」

その言葉はたいした思考を経ずに口からこぼれ出た。

ぼくにしては珍しいことだ。

トウヤはなんで、とも聞かずに頷いてくれた。




家を出る。

風が、強く吹いた。

ぼくはなにも言わなかったけれど、二人の足は同じ方向へ向いていた。

カノコタウンから、一番どうろに出る変わり目。

ぼくたちの、はじまりを思い出す。

「……一年前、」

「うん」

「ここで、みんなで一緒に旅始めたんだよな」

「せーの、でね」

「ああ、……はは、懐かしいや」

たった一年前、もう、一年たった。

あの日が酷く遠く感じる。

「ねぇ、トウヤ」

あのときのぼくたちは、希望に満ち溢れていた。

まだ見ぬ世界に、期待していた。

「……もしも、ぼくたちが旅に出ていなかったら」

今頃、どうしていたかなあ。

そう問いかけると、トウヤは少し笑った。

眉根を寄せて、困ったように。

「旅に、出ていなかったら……きっと、つらいことなんてなんにもなくてさ、前と同じ、四人の世界のままだったんだろうな」

「……」

「でも、俺は後悔してないよ。楽しいことだって、もちろんあったし。現実を知ることだって、必要だろ?」

「……うん」

口先では肯定していても、やっぱりどこか、頷き切れないところもあって。

けれどそれを上手く言葉に出来ずに唇をかみしめる。

「……もう、そんな顔するなよ」

呆れたようなトウヤの声。

腕を引いて、抱き締められた。

「変わってないよ。世界は、あの頃よりずっと広く見えるようになったけど、チェレンのことを好きな気持ちはずっと、変わってない」

耳元で呟かれる言葉に、こころが落ち着く。

安心しているんだと、自覚する。

「それは、チェレンだって同じだろ?」

「……うん、そうだね」

変わってない、そうだ。

ぼくが彼をすきだという気持ちは。

途中、トウヤに負けるのを悔しく思って嫉妬したりもした。

だけど、どうしたって、トウヤはぼくの好きなトウヤのままで。

トウヤの身体が離れた。

首に回された手が肩をなぞり、手の甲に触れた。

繋がれるてのひら。

「せーの」

「は、急になに」

「はじめの一歩!」

「なんのはじめなのさ!」

「よくわからないけどさ」

いいだろ?そう言われて、思わず笑みがこぼれた。

こういう無意味なのも、悪くない。



















2011*09*18

BW一周年おめでとです!





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