メイン6

□バックオーライ
1ページ/1ページ



※流血、暴力表現有






真っ白い室内に眠る彼を訪れる日課。

悟史くんが目を覚ましてから何日くらい経ったろうか。

一週間、いや、まだそんなに経っていないか。

どうでもいい思考に浸りながら悟史くんのいる部屋へ向かう。

無機質な扉を開けると、眠っていた悟史くんが飛び起きた。

急に人が入って来たことに驚いたのだろう。

(やっぱりかあ)

悠長に脳内でそう呟いた次の瞬間、に。

が、んっ!

「っ、」

鈍い、痛みが。頭に走る。

慣れたりはしないけれど、何度か味わうと少し耐性は付いて来る。痛みは変わらないけど、気分的な問題。


「何しに来たんだよ……魅音」


低い悟史くんの声が鼓膜を震わす。

彼の両手にあるのは椅子なのだろう。

確認しようとも、痛みに目を開くのは困難で。

どすっ、再び衝撃が走る。

今度は身体。蹴られたみたい。

椅子で殴られるよりは全然痛くない。

目が覚めてから、毎日だ。

毎日、こういう風に、悟史くんは見舞いに来た私を魅音だと勘違いして暴力を振るう。

魅音が何をしたわけじゃないと思う。

けど、悟史くんの中では、魅音が恐怖の対象になっているらしかった。

暴力と言っても、悟史くんからしたら身を守る為に違いない。

ここで何を言っても逆効果。私は黙って耐えるしかない。

腕、足、それから、

痛みはどんどん増すけれど、この位耐えられる。

だって、だって、悟史くんはこれよりもずっとずっと痛い思いをして来たはずだから。

耐えられる。耐えなきゃ。

鈍い痛みを所々に感じる中、鋭い痛みが走った。

腕。

何かが当たって切れたのだろう。

きっと血が出ている。

耐えられる。大丈夫。

……これがこのまま何日も、何ヶ月も続いたらどうなるんだろう。

私は、耐え切れるのだろうか。

私の意思とは関係なしに、身体の方が音を上げて、はい、さようなら。なんてこともあるかも知れない。

そうしたら、残された悟史くんはどうなるのだろう。

目が覚めているのに、また縛り付けられて、ひとりぼっちで。

(そんなの……駄目)

駄目だよ、まだ悟史くんは味わうべき幸せを味わっていない。

そして彼がそこに辿り着く為には、今のこれは、きっと必要なことなんだ。

だから、ーーと、そこで、衝撃が止まる。

痛みはまだ、じんじんと響き続けているけれど。

うっすらと目を開けると、呆然と立ち尽くす悟史くんの姿。



がら、ん。



彼が手放した椅子が大きな音を立てた。




「……詩、音」



「、はい」

震えた小さな声に、返事をする。

私の声も、痛みで微かに震えていた。

「あ、あああ、僕、また」

身体を震わせながら、悟史くんは恐ろしいものを見るような目で自分の手を凝視した。

それから、私を見て。

「詩、音、ごめん、ごめん、ごめん」

「悟史くん」

「ごめんね、詩音、ごめん、なんで、僕」

「悟史くん!」

そう、叫んで。

痛む身体を起こす。

立つのさえやっとだけれど、我慢。

「私は、大丈夫です。大丈夫ですから」

「嘘だよ、だって僕、本気で」

「心配、しないでください。このくらい、っ」

言ってる途中で、ふらついた。

それを、慌てて悟史くんが抱きとめてくれた。

「……全然大丈夫なんかじゃないじゃないか」

泣きそうな顔で、震える声で、そう言ってくれる悟史くんは、やっぱり優しくて、いなくなる前と、なにひとつ変わらなくて。

「大丈夫……です。だけど、もう少しだけ、こうしていてください」

そのぬくもりは、どんな薬よりも効くものだと思った。

悟史くんは戸惑いながらも、私を支える腕の力を少し強めた。

「詩音……なんで、僕がこうしてしまうのを分かっているのに、ここに来るの」

「悟史くんに会いたいからです」

「僕だって。……僕だって、詩音に、会いたいよ、でも、っ!それ以上に、詩音を傷付けてしまうのは、嫌だよ……」

「そう思えるんなら、きっと、大丈夫です。そう思ってくれているなら、私も、大丈夫です」

足から血が流れる感覚がする。

腕からも血が出ていたはずだから、ああ、悟史くんの洋服を汚してしまっているかもしれない。

「……悟史くん、ありがとう。もういいです。傷、治療しちゃいたいんで」

「……ごめん」

す、と離れる身体。この瞬間は、結構寂しい。

消毒液を付けて、包帯を巻く。

救急箱を使った応急処置だけでは本来足りないのだけれど、帰り際にいつも監督にちゃんとした治療やらをしてもらってるから化膿とかはしないだろう。

「詩音、学校とか、どうしてるの」

「行ってませんよ?流石にこれじゃあ、上手い言い訳も思いつきませんし」

「……ごめん」

「悟史くん、さっきから謝りすぎです」

「……むぅ」

なんと言っていいか分からなくなったのだろう。

そう洩らした悟史くんに思わず笑ってしまった。

「ゆっくりで、いいですから、悟史くんは悟史くんのままだから、ゆっくり、取り戻して行けばいいんです」

取り戻す。何をだろ。

自分で言っといてよくわからないけれど。


それから少しお話をする。

学校に行けていないから、沙都子がどうしているとか、そういう話は最近出来ないけど、でも、他愛のない話。幸せだ。私にとったら十分。

だけど、悟史くんにはもっともっと楽しいことをしてもらいたい。

早く外に出て、沙都子に会って欲しいとも思うし、一緒に学校に行きたいとも思うし……あれ、これじゃ結局私の幸せだ。

「じゃあ。そろそろ」

「……また、明日も来るの?」

「ええ」

にこりと笑って返すと、悟史くんも微笑んだ。

苦しそうな安心しているような、つらそうな嬉しそうな、そんな複雑なものではあったのだけれど。


……………………



翌日。

今日は少し遅くなってしまった。

新しいケーキ屋さんが出来たから、そこに寄って行ったのだ。

悟史くんと二人で食べようと思って。

選ぶ時、そういえば悟史くんがどんな味が好きなのか全く知らないことを思い出したから、今日好きなケーキの種類を聞いてみよう。

歩き慣れた地下の真っ白な道を歩く。

チーズケーキとチョコレートケーキを選んで来たのだが、悟史くんはどっちが好きなのだろう。

私は、チーズケーキの方が好きなんだけど。

ウィィン、という音と共に扉が開く。

「はろろーん、悟史くん、今日はケーキ、買って来、」

衝撃。

箱が、手から離れる。

痛み、よりも、悟史くんとケーキを一緒に食べれそうになくなってしまったのが、なによりも残念で。


(そしてまた、ループする風景)












2011*11*27




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ