メイン6
□あちら側の言い分
1ページ/1ページ
する、りと、ポッドの手のひらがコーンの頬に触れた。
コーンの体温より幾分か暖かい手のひらの感覚に、身体がぴくりと震える。
ぎゅうと、彼の手に自分の手を重ねて感じるその温度差を、煩わしいと思った。
何故ひとつで生まれてこなかったのだろうと、何度も何度も考えた。
同じ血を分かつ意味が分からなかった。
どんなに彼を、彼らを愛おしく思っても、どんなに身体を交えても、僕たちが同じ一個体になることはなく。
三人だからいいのだと、緑色の彼は言った。
ひとつになりたいという気持ちは分からないでもないけれど、と。
ひとりなんてつまらないだろ、と、赤色の彼は言った。
目の前で、こんなにも愛おしそうにコーンの肌を撫でるのに、離すまいと抱きしめてくれることだってあるのにそれでも、ひとつでなくてよかったと彼は言う。
どちらの気持ちも分かる。
それでも僕は、ひとつで生まれてきたかったと切に思った。
兄弟を愛することは、ほんとうはいけないことだって、幼い頃から分かっていた。
それでもどうしようもなく惹かれてしまうのはもう、運命だとか、そういう言葉でしか表せない。
周りなんて気にしなくていいよ、と示し合わせたものの、拭いきれない罪悪感と背徳感。
つらいことが、一度もなかったと言ったら、それは絶対に嘘になる。
だったらいっそのこと、ひとつで生まれてきたかった。
ほんとうはひとつであるべきだったんだ、だからこんなにも惹かれ合う。
それぞれ、ひとりじゃ不十分だから。本当は、三人がおなじものであったから。
「、ポッド」
もしもひとつで生まれてきたなら、名前はどうなっていたんだろう。
そんなことを片隅で考えながら、彼の名前を呼んだ。
触れ合った肌の温度差は次第に小さくなってゆく。
心地いい。
そこだけでも、彼と一体化したような、そんな感覚が、とても。
するりと彼の指が僕の前髪を掻き上げた。
右目の視界がひらく。
部屋は薄暗いけれど、少し眩しく感じた。
「コーン、また、怖え目してるぞ」
「そうですか?」
「ああ、なんか、うん。……食われそう」
苦笑を交えてそう言ったポッドの言葉に、それもいいね、と返した。
「……なにが、いいんだよ」
「だって、食べたらひとつのものになれるでしょう」
ちょっとだけ、ポッドを食べる想像をしてみた。
きっと美味しくはないだろう。それでも、ばり、ばり、ばり。
骨って食べれるのだろうか。どうせ食べるのなら、隅々まで自分のものにしなければ意味がない。
想像したらなんだか笑えてきた。
ありえない空想ほど、馬鹿馬鹿しいものはない。
くすくす、と声を漏らしていると、ポッドの眉根が寄った。
「……冗談じゃねえ」
その声は、低く震える。
恐怖しているようにも聞こえた。
怖がっているんだとしたら、それはきっと、僕に食べられることではない。
二人が離れ離れになるということ。
死んでしまったら彼はもうコーンに会うことは出来ない。
それがきっと、こわいのだ。
コーンからしたら、今のこの状態のほうが、引き裂かれる可能性を感じて恐ろしいのだけど。
「お前は、変だよ」
「そんなこと……わかってますよ」
自分の中で蠢く狂気が、普通でないことくらい、痛いくらいに自分でわかる。
わかったところで、それはどうしようも出来ないじゃないか。
不穏な気を孕む感情は、どうしたって本物で。
そしてそれを受け入れてくれているのは、受け入れて、しまっているのは……僕だけじゃないから。
「変だから、何?嫌いになりますか、コーンのこと」
「……お前は、ずるいな」
答えなんて、判り切ってるくせに。
吐き捨てるように言われた言葉に口角が上がる。
僕たちは、何があったってお互いを嫌いになんてなれない。そういう確信。
歪んだ関係は死ぬまで続くのだろう。
三人一緒にしねたら、いいのに。
人は死ぬときは一人だ。どうしたって。どんなに近くにいたって。
それが、どうしようもなく寂しくて、悔しい。
ポッドの首筋に思い切り噛り付いた。
「ッ……!」
ポッドは声にならない悲鳴を上げる。
口内に血の味が拡がった。
ポッドの一部が、コーンの身体の中に流れる。
込み上げる幸福感と、血の味に対する拒絶。
相反する感情は微かに、確かに、嬉しさの方が勝っているようだった。
「……痛えよ、馬鹿」
「あはは、ごめんなさい」
笑みを浮かべながら謝れば、ポッドの気に触ったらしく今度はポッドが、僕の首筋に噛み付いてきた。
でも、それはコーンが彼にしたようなものではない。
ただ、吸い上げるだけ。
ぞくりと、快感が身体を走った。
彼の唇が触れたところには、赤い鬱血が浮き上がっていることだろう。
「……っ、」
じんわりと身体が熱を持ち始めたのがわかった。
その様子を見たポッドは、薄っすらと口角を上げる。
その表情は……きっと、僕自身がさっきしていたのと、とても似ている。
触れ合う唇。
二人分の熱が、混ざり合って溶けていくようだった。
2012*02*25