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□止めようなんて思ってない
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※渦の後





幻聴かと思った。

「冴木」

振り返れば、へらりと笑う彼の姿。

一瞬、幻覚か幽霊かかと思って、確認のために触れてみる。暖かかった。

と、言うことは、つまり。

「……久しぶり、冴木」

久しぶり。

ああ、そうだね。久しぶりだ。

前に彼と会ったのはいつだったろう。

一ヶ月、いや、二ヶ月程前か。

生憎、会ってない日を指折り数えるような健気な精神は持ち合わせていないから正確にはわからないけれど。

慌ただしい邂逅だった。

「……また、すぐに行くのかい?」

「ん、まあね」

「……はぁ」

ため息が出たのは呆れから。

いつまでこんな逃避を続けるつもりなのだろう。

それを問いかけてみれば、ほとぼりが冷めるまで、と返ってきた。

「ほとぼりもなにも、君が彼女の両親にちゃんと話をしなければいけないんじゃないのか」

「……ん、まあ、普通に考えてね。それが筋だとは思ってるけど。……話して納得してくれるかもわからないし」

「だからといって、逃げ回っていても意味がないだろう」

「……まあ、創作にいい影響も与えてくれていることだし?全く無意味ではないと思うけどね」

それとこれとは話が別だと、返そうと思ったがやめておいた。

そんなこと本人も分かっているはずで。

ここで僕が引き留めたって仕方ないだろう。

本人が飽きたらやめるだろうし、別段、会えないことに不満があるわけでもない。

どうせ、日本にいたところで、お互い忙しくて会う暇なんてそんなにないのだから。

「次はどこに行くつもりだい?」

「まだ未定。ヨーロッパにしようかなあ、とは思ってる」

「ふうん。……いいねえ、ヨーロッパか」

「冴木も一緒に行く?」

「生憎。僕にも仕事があるのでね」

「そりゃ残念」

軽口を叩いて笑い合う。

隣にいる彼が、数日後には酷く遠く離れた場所にいるだなんて、なんだか信じ難い。

物理的距離と精神的距離が比例するとは思わないけれど、あまりに遠くに行かれると、やはり少しは不安にもなる。

「……あのさ、冴木」

「?」

思考を巡らせていると、真面目さを含ませたタクトの声。

顔を上げれば、少し微笑んでから抱きしめられた。

会えなかった分を埋めるかのように、強く抱きしめられる。

「……冴木」

「なんだい?」

……また、少し、身長が伸びたんじゃないだろうか。

僕はこの五年ほど全く伸びていないというのに、一体タクトはいつまで成長期を続けるつもりなのだろう。

「冴木は、俺を引き止めたりしないんだな」

「……引き止めたって、仕方ないじゃないか」

「寂しくないの?」

吐き出された声が、あまりに切なそうだったものだから、少しだけ驚いた。

心臓が締め付けられる感覚。

全く寂しくないと言ったらそれは嘘だ。けれど。

「……寂しいと言ったら、君はずっと僕の傍にいてくれるのかい?」

つまりはそういうこと。

永遠の約束が出来ないならば、感情に蓋をすることも必要だ。

「それに、」

「うん」

「寂しいと言うよりも、不安の方が強いかな。君のことだから、またLTLに巻き込まれたりしているんだろうな、とか思うとね」

僕のその言葉に対しては、彼はなにも言わなかった。

本当にまた向こうに飛ばされているかなんて、僕には知りようもないし、それは知らなくてもいいことだ。

ただ彼が無事であること。大事なのはそれだけで。

「……ごめん、冴木」

それが何に対する謝罪なのかはわからなかった。

額に寄せられた唇に心が緩む。

それはまるで何かの儀式のようだった。

……約束、かもしれない。

指切りをするような、そんな感じで。

先程額に触れた唇が、今度は僕のそこへ降りてくる。

噛み付くようなキス。

荒々しく舌が割り込まれ、少々驚いた。

「た、く、んぅ」

愛よりも不安に縛り付けられているがゆえの、そんなキス。

焦燥感。漠然としたもやもやだけがそこにはあった。

「、冴木」

「……」

「好きだよ」

「……ああ」

愛なんてものは、見えないから。

それを口に出そうが出さまいが、感じるときは感じるし、それで十分だと思っていた。

だけどタクトは、それを口にしたがるようだった。

小説家、という職業も関係しているのだろうか。

「冴木は、」

自分で言うときは躊躇わないくせに、そうやって僕に問いかける時は、とても躊躇いがちで、ああ、もう、なんだかもどかしい。

「……好きだよ。言わなくても、分かって欲しいけどね」

「……っ。……わかっちゃ、いるんだけどなあ」

タクトはそう呟いて、苦笑する。

とはいえ言葉に表して欲しいという気持ちだって、僕にもわかりはするものだから。




(お望みならば何度でも)



















2012*02*27






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