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待ち合わせ場所に向かうと、微かに歌声が聞こえた。
近づくにつれ、その声ははっきりとして来る。
(……風丸?)
その声は恐らく彼のもので。
その予想は、崖を降りても裏切られることはなかった。
水辺に座りながら歌う風丸。
聞いたことのない歌、聞いたことのない言語。
しかし、その声の美しさは、そこら辺の歌手を遥かに凌駕していると言っても過言ではないほど。
その声に引き寄せられるように歩を進める。
ほどなくして、風丸の歌声が止まった。
「豪炎寺、」
振り向いた風丸は見たことのないような表情をしていて。
それに動揺している間に彼は俺に抱き着いてきた。
「!!」
肌と肌が触れた、その瞬間、あまりの冷たさにどきりとする。
体温、というものが、風丸にはなかった。
風丸だって、逆の意味で驚くだろうに、何故だかそんなことは気にならないようで、俺にしがみつくように抱き着いたまま。
「……どうしたんだ?」
「豪炎寺、俺、」
会わない一日の間に、何があったのだろう。
風丸は、苦しげで、必死さの滲んだ表情で俺を見上げた。
その、瞬間だった。
ふ、と腕にあった感覚が消える。
風丸の足が、体が、地につく。
その各々の動きはまるでスローモーションのように見え、しかし、俺は静止画のように一切動けずにいた。
そして、とさりと微かな音をたてたのと同時に時が動き出す。
風丸が倒れたのだと理解したのはその直後。
「風丸っ!!」
しゃがみこんで彼を抱き起こす。
風丸はうっすらと瞳を開く。
それに少し安堵するが、だからといって安心しきれるわけではない。
大丈夫かと尋ねれば、風丸は申し訳なさそうに小さく笑った。
「最近、あんまり寝てなかったからかな。ちょっと立ちくらみ」
「、どうして」
「なぁ、豪炎寺」
少しだけ上体を起こして俺の名を呼んだ彼の瞳は真っ直ぐに俺を見据えていて。
その中にちらりと見えた覚悟のようなものに、気圧されそうになる。
「俺、豪炎寺のこと好きなんだ」
微かに震える唇から紡がれた言葉は、予期せぬものだった。
「宮坂に色々言われて、ずっと考えてたんだ。変に、思われると思うけど。人間を好きになるだなんて、おかしいかも知れないけど、それでも、」
俺は、そこまで言いかけたところで、池から人が飛び出してきた。
「風丸さん!!」
少し長めの金髪を揺らして駆けてきたそいつは風丸の前に座ると、俺から奪うように彼を抱き抱えた。
「宮坂?!」
宮坂と呼ばれたそいつ(河童、だ)は、何か穢らわしいものでも見るような目付きで俺を睨み上げた。
その視線に込められていたのは、嫌悪と、少しの恐怖のようだった。
初対面なのに何故そんなに嫌われるのか分からなかった、が、人間嫌いの河童がいたところで、何も不思議ではないだろう。
「宮坂、俺は平気だから」
「人間と妖怪は、本来なら一緒になんかいられないんです。風丸さんだって分かってるでしょう?」
「、そんなの、今までの話で、俺は豪炎寺と」
「辛くなるのは、後で辛くなるのは、風丸さんなんですよ!!」
「っ、宮坂に何が分かるんだよ!!」
「分かりますよ!!人間はみんな、最低な生き物なんです」
「、」
悔しそうに、もどかしそうに、唇を噛む風丸。
俺は、いきなり目の前で繰り広げられた口論についていけずに、黙り込んでいた。
俺のことで揉めているのであろうことは分かったが、口を出せるような雰囲気でもなく。
風丸がこちらを見る。
「ごめん、ちょっと……また今度話させてくれないか」
「あぁ、それはいいが」
そう言えば風丸はほっと息をつくと、宮坂の手を引いた。
「少し頭冷やしてゆっくり話そう」
「頭冷やすべきなのは風丸さんですよ」
「……二人とも、だ」
去り際も宮坂はこっちをキツい目で睨み付けて来た。
そろそろ池の中に人が飛び込む光景にも慣れ、その姿を見送ってから、土手に寝転がる。
風丸のことを、考えていた。
好き、なのだと、そう彼は言った。
それ自体は嬉しかったのだと思う。
けれど、自分の気持ちはどうなのだろう。
風丸に惹かれていたのは確かだった。
ただ、自分でそれに極力気付かないように、そのことを考えないように、していたから。
(……好き、なんだろうな)
告白された今となっては、それを認めるのはあまりに容易なことだった。
でも、だからといって。
仮に、俺と風丸が付き合ったと、して。
彼は、それで本当に幸せなのだろうか。
もしこれが昨日だったなら、そんな考えに至りもしなかったのだろうが、宮坂が言っていたことが、妙に心に引っ掛かっていた。
2010*12*22