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□貴方が好き、それから
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風丸さんが好きだ。
走っているときの、真剣な顔、さらりと靡く髪、走り終えたあとの汗ばんだ肌、そして、話しているときに時折見せる、花の咲くような笑顔。
とにかく、彼の、全てが。
独り占めしたいと思うようになっていったのはいつ頃からだったろう。
その思いは、風丸さんがサッカー部へ行ってから殊更強くなった。
僕から風丸さんを奪う全てのものが嫌いだった。
宇宙人が来たときだって、いっそ風丸さん以外のサッカー部の人たちなんて死んでしまえばいいのにとすら思った。
そうしたら、僕が風丸さんを慰めてあげて。
彼はとても悲しむのだけれど、僕がそれを癒して行くのだ。
そしたら、きっと僕は風丸さんにとっての一番になれるのに。
そんな陰鬱とした夢を、抱いていた時期もあった。
結局は、普通に告白して、思ってもみなかったことに、オーケーされてしまったのだけれど。
「風丸さん」
「なんだよ宮坂。お前って、結構甘えただよなぁ」
「風丸さんにだけですよ!」
「はは、そうじゃなきゃ困るな」
風丸さんに擦り寄るようにすれば、彼は困ったように、だけど少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
それに、僕の心も満たされていく。
独り占めしたいという思いは、未だ僕の中に残っていた。
風丸さんがサッカー部で、いや、そうでなくても、他の人に笑顔を見せていたりすると、それは鎌首をもたげる。
今更、そんなものを抑えようだなんて思わない。
僕の風丸さんへの愛は、綺麗なものだけじゃ収まり切るはずなどないのだから。
だけど、それは出来る限り外には出さないようにしていた。
まぁ、たまにうっかり円堂さんとかを睨み付けてしまったりするのだけど、彼は気付かないふりを貫き通している。
本当に気付いていないのかも分からないけれど。
「宮坂?」
名前を呼ばれて、ふと我に返った。
いけない、折角風丸さんがこんなに近くにいるのに考え事をするなんて。
時間の無駄も甚だしい。
常に二人というわけにはいかないものの、こうして二人で過ごす時間を、僕たちは協力して作っていた。
風丸さんの恋人であるという事実は、僕にとって何にも替え難いぐらい……いや、これを失うぐらいなら他の何を捧げてもいいという程の幸福だった。
完全に風丸さんを縛り付けておく(物理的な意味でも、精神的な意味でも、だ)ことは出来ないものの、こういう穏やかな時間も、思ったより素敵なものだ。
この時ばかりは、普段のどろどろした感情も、殆んど姿を見せなくなる。
「……風丸さんにとっての一番って、誰ですか?」
何とはなしに、そんなことを訊いてみた。
会話がないのが辛かったわけではないけれど、間近で風丸さんの声を聞いていたかった。
だから、その質問の答えはそこまで重要視していなかったのだけれど、風丸さんは、ふと瞳を伏せた。
その綺麗な横顔に、瞬間的に惹き込まれる。
「……一番って、言われてもな。もちろん宮坂は大事だし、だけど、サッカー部と陸上部の仲間も大事だ」
なんだか申し訳なさそうに笑いながら言った風丸さん。
こういう、嘘を吐かないところも、堪らなく好きだった。
そりゃあ、僕が一番だと言って貰えたら最高だし、嫉妬しないと言ったら嘘になる。
でも、それ以上に、その風丸さんらしい回答が、とても好きなのだ。
ついでに言うと、サッカー部だけじゃなく、陸上部の仲間も大事だと思ってくれていたことも嬉しかった。
「……宮坂は、どうなんだよ」
「僕にとっての一番は、風丸さんですよ」
にこりと笑ってそう言えば、風丸さんの頬に朱が差した。
照れて視線を泳がせる様が愛らしい。
その様子を見てたら胸が一杯になって、それを誤魔化すようにキスをした。
柔らかな唇に触れていると、ちょっとした優越感が心に広がる。
この感触を知っているのは、僕だけなんだ。
風丸さんが好きだ。
だから今は、彼を最高に輝かせることの出来るサッカーが、好き。
僕が彼に出会えたこの世界も全部、好きだった。
2011*01*06