メイン4

□9
1ページ/1ページ

結局、みんな子供だったのだ。

自分の事が、一番で、傷付くことを、恐れていた。



明日の昼頃、豪炎寺さんが待ってるそうです。

宮坂からそう伝えられたのは、もう昨日の事になる。

そう言った彼の顔は、なんとも言えない複雑さが滲み出ていた。

もぞりと布団から出る。

離れた温もりに身震いした。

「……ごめん」

隣で眠る宮坂に、小さく呟く。

彼の穏やかな寝顔を見ると胸が締め付けられた。

さよなら、今度は心の中で呟く。

声に出したら、きっと泣いてしまうと思ったから。

迷いを振り切って、その場から立った。



「……こっち……だよな」

水草を掻き分け、足を進める。

向かっている先は、有名な科学者のところだ。

その人は、人間になれる薬を持っているという。

……それの真偽の程は分からない。

もしかしたら、嘘かも知れなかった。

でも、それでも、俺はそれに懸けてみようと思ったのだ。

歩いても歩いても変わらない景色に、次第に不安が大きくなる。

人気のない中、俺の歩く音だけがいやに大きく耳についた。

そろそろ、宮坂が起きた頃だろうか。

ふとそんなことを思っては、足を止めそうになる。

その度に俺は、ぱんとひとつ両方をひっぱたいて。

踏み締めるように歩き続ける。

もしかしたら盛大に道を間違えているのではないか。

相も変わらず変化を見せることのない景色に、そんな思いを抱き始めた頃、急に視界が開けた。

「、いた」

何処か薄暗さを感じるその空間の隅に、その人はいた。

どう話しかけようか迷っているうちに、向こうの方から近付いてきた。

「……誰だ」

「、風丸一郎太って言います。……頼みがあって来ました」

その俺を見据える片目の眼光に引けを取りつつも、俺も負けじとにらみ返すようにして声を発する。

長距離歩いた疲れからか、掠れたような声しか出なかったけれど、とりあえずは言えて安堵した。

「……久遠道也だ」

「え、あ」

急に名前を告げられ、一瞬狼狽した。

改めて見上げれば、さっきのような威圧感は感じられなかった。

その変化に戸惑っていると、久遠さんはまぁ座れ、と言いながら、椅子を手繰り寄せた。

俺は一礼して、そこに座った。

「で、頼みというのは」

久遠さんは単刀直入に本題を切り出してきた。

まぁ、ここで世間話をされても驚くのだが。

俺は、少し躊躇いながらも、その願いを口に出した。

「……人間になる、薬が欲しいんです」

久遠さんはそれを聞いても、然程驚かないようだった。

予想が付いていたのかもしれない。

彼は一瞬何処か違うところを見てから、俺に視線を戻した。

「何故だ」

「……人間を、好きになってしまったから、」

笑われるだろうか。

そんな不安が過りもしたが、彼は笑うわけではなく、至って真剣にこちらの話を聞いてくれているようだった。

俺はそれに後押しされたような気分になり、更に続けた。

豪炎寺との出会い、それから、俺が持っている彼への感情を。

聞いてて楽しい話でもなかったと思う。

けれど、久遠さんは終始俺に耳を傾けてくれていた。

俺が話終えると、久遠さんは、静かに席を立った。

それから、近くの棚をかちゃかちゃ言わせながら物色した。

そこには、小瓶がたくさん入っていた。

「……本気なんだな」

探し物を続けながらそう声をかけられる。

俺ははい、と頷いた。

「そうか」

そう呟くと同時に、彼は棚の戸を閉めた。

右手には、なにやら固体の入っている瓶を持っている。

「これを飲めば、人間になれる」

全てが、豪炎寺と同じように。

こくりと息を飲んで、俺はそれを受け取った。

「ただし、一つ条件があってな。きゅうりを食べると、その効果は切れる」

「……何で」

そんな条件をつけたのか、不思議に思って久遠さんを見遣れば、彼は意味深な笑みを浮かべていた。

「どんな物語でも、幸せに代償はつきものだろう」

「……はぁ」

それはなんとなく理解できるけれど、それで納得するかといえばまた別の話で。

それに対しては不満があったが、立場上文句言える訳もなく。

(……でも)

もうすぐだ。

もうすぐ、豪炎寺の元へ辿り着ける。

俺は片手に小瓶を握りしめながら、今一度彼への想いを確かめていた。













2011*01*16
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ