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□色褪せた僕の恋愛観
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間違っているのか、それともこれが普通なのか。
……いや、多分、絶対、普通ではないのだと思うのだけれど。
会えばまず、抱き締められて、キスをされた。
挨拶代わり、なんて可愛らしい表現には不釣り合いの、激しいそれ。
恋人同士の睦言なんてぼくたちの性に合わないことくらい、重に承知しているけれど、もう少し、こう。
口に出しはしないけれど、それなりに思うことはあった。
それをNは知らんぷり。
気付いてはいるのだろうとなんとなく思った。
口腔をかき回される感覚は、痺れるように、甘くて。
気持ちいいのと気持ち悪いのがいっしょくたに押し寄せてくる。
次第に身体中が痺れるようになって、いつの間にやら、ぼくの手のひらは確りと彼のシャツを握り締めていた。
唇を離されてから、それに気付いて、まるでしがみついているみたいだと思いながら手を離す。
その手は下ろされることがなかった。
下ろす前に、Nの手がぼくのそれを掴んだから。
Nはぼくの手をなぞるように指を這わせ始めた。
くすぐったいのと少しだけぞくりと時折背中を走る感覚に、手を振りほどこうとするも、彼は一向に離してくれようとはしなかった。
「、N」
「ごめん、ね」
「は、?」
突然された予期せぬ切り返しに、彼の意図を知ろうと顔を凝視してみるも、相変わらず表情は乏しかったものだから、それは叶わなかった。
仕方なしにどういうことと口に出して問うてみれば、Nは気持ち申し訳なさそうに微笑んだ。
「ボクはちゃんとした愛しかたを知らないから、」
「何、を」
「恋人らしいことが分からないんだ」
「、」
そのようなこと。
Nの方は気にしていないのだと思っていた。
きっと自分のしていることが普通だと思っているのだろうとすら考えていた。
「……別に、いいよ」
別段申し訳なく思ったわけでもないけれど、彼があまりにしょぼくれた顔をするものだから、思わずそう口に出していた。
「それでも、構わない」
それだけを言うのに、どんなにぼくが勇気を振り絞っているか、知る由もないNは、未だ何か言いたげな顔をしている。
ぼくは強張りつつも一応は笑顔を浮かべて、更に続けた。
「……そんなところも、好き、だから」
きっぱりと、言うつもりだった。言えたらよかった。
しかし慣れないセリフをそう上手く言える筈もなく、むしろ声を出すのが精一杯で。
それがどうにも煩わしくて、今度は彼を引っ張った。
胸元を引き寄せて、勢いよく唇を重ねる。
……つもりだったのだけれど。
行動も言葉と同じように、というか言葉以上に、予定に沿ってはくれなくて。
引き寄せた手は情けなく震えていた。
辛うじて引っ張ることは出来たものの、ぶつかるどころかかする程度のキスに、勢い余ってしまったと後悔する。
言い様のない後悔と羞恥がぐるりと自分の中を巡って、あまりのいたたまれなさに思わず力が抜けてしまった。
へたりと地に座り込みそうになるが、そうなる前に彼がぼくを支えていた。
いや、正確には支えるつもりではなくて、単に抱き締めただけなのだろうけど。
「……可愛い」
「、うるさいな。バカにしてるのか?」
「そんなわけないじゃない。誉めてるつもりだけど」
「男に男が可愛いなんておかしいだろ」
「おかしいよ。おかしいけど」
気付いたら、恥ずかしさからか顔を彼の胸板に埋めていた。
こういうときだけ、身長差があってよかったな、だなんて思う。
それを、見えないようにした顔を、Nはそっと上げさせた。
その優しい触れ方に、左胸が苦しくなる。
「それでも、いいんでしょう?」
彼は穏やかに笑っていた。
なのにその眼は、瞳は、どこか寂しげに、懇願するような色を孕んでいた。
言いたいことが幾つか押し寄せたような気がした。
それなのに、そのどれもが明確な形にはならなくて、ぼくはひとつ、ただ小さく頷いた。
(これでいいよ。……これが、いいんだ)
2011*01*27