庭球夢 短編

□約束なんて、信じない。
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考え始めると、頭痛が止まらない。



「跡部ー。頭痛が痛いんだけど、これってやっぱ恋の病かなぁ?」

「…精神科紹介してやるから、今から行ってその頭ん中を治して貰え」

「景ちゃんったら照れちゃってー……すみません!私が悪かったです!だからマジで予約入れようとしないで下さい!」



ちょっとジョークを飛ばしてみたら、跡部は盛大に眉を寄せて。
…携帯を取り出して本当に予約を入れようとするから、必死に止める。



「頭痛が痛いってベタやな……だいたい、恋の病って誰にしとるん?」

「うーん…ジローちゃんとかがっくんとか宍戸辺り?」

「マジ!?俺!?……って、それは恋じゃねぇだろ!」

「…しかもなんやねん、その人選。俺と跡部は抜きかいな」



一緒にいた忍足とがっくんは詳細を聞いといて、続いた私の言葉に小さくブーイングする。
何だよ何だよ、自分から聞いたくせにー。



「だって嫌だもん。病院の息子と財閥の息子。…私とは地位が違うもの」

「そんなん関係ないやんけ!俺ら個人を見ればいい事や」



…そう、家柄なんて関係ない。わかってる。

でも、



「女の子や世間からの妬みや反感を買うのはごめんですー」

「それは守ってやる。約束するで」



ただ、好きなだけなのに。

何で、こんなにも哀しくなるんだろう。



「…嘘。そんな事する暇がない事くらい、わかってるよ」

「……」



…始めから希望信じていない人が、好き、なんていう資格はあるの?



「…ごめんね。ちょっと、頭冷やしてくる」



全てを否定する私に、ハの字に眉を下げる忍足とがっくん。
心配かけない様に笑おうとすれば、それは泣き笑いに近くなってしまって。
いてもたってもいられなくなり、彼等に背を向けて教室を飛び出ていく。

…泣くには、一人にならなきゃいけなかった。
一人にならなきゃ、泣けなかった。




###




ぱたぱたぱた…と、彼女が廊下を翔ける音が遠退いていく。
すると、今まで無言を貫いていた跡部も恐らく彼女を追って。
静かに教室を出ていく。



「なぁ侑士、あいつらって…両想い…だよな?」



さっきの程までいた人物の苦しい表情が、岳人にまで伝染している。
…いや、俺も人の事を言えないかもしれない。



「…やな。せやけど…跡部を好きになるっちゅうんは、それなりの覚悟がいるんや。生易しいもんやないで」

「…俺は、ただ自分の想いに突っ走りゃいいと思うんだけどな…」

「…あいつは変に大人なとこあるからなぁ。…ま、跡部がカバーしに行ったんや。結果としては丸く収まるやろ」




断言は出来ないけれど。そうあって欲しい。

彼女の笑顔は、みんなを笑顔にするから。
…早く、あの笑顔が見たい。




###




「おい、捻くれ娘」

「っ…何でついてくるのよぉ・・・!?」



聞き慣れた、大好きな声。
だけど、今は一番聞きたくなかった声でもある。



「あーん?俺様がせっかく来てやったのに酷い扱いじゃねぇか」

「頼んでないっ…!」

「お前が泣くと思ったから来てやったんだ。俺様の優しさに感謝しろ」

「っ…!…優しさなら、ほっといて欲しかった!」



泣き顔を、見られたくなくて。
跡部に涙を見られたくなくて逃げ出したのに、これじゃ台なしじゃないか。
…お願いだから、こういう時ぐらい空気読んでよ。



「生憎だが、お前に言わなきゃならねぇ事があってな」

「っ〜…早く言って、早くひとりにしてよぉ…!」

「させねぇよ」

「何で…ひゃあっ!?」



彼らしい、強い言葉。

思わぬ言葉に顔を上げようとすると、完全に上げる前にものすごい力で腕を引っ張られ、強制的に立ち上がらせられる。

犯人なんて、彼しかいない。
文句のひとつでも言ってやろうと勢いよく顔をあげた時。




「お前は、約束が欲しいのか?」

「…へ?」

「約束が欲しいんなら、いくらでもくれてやるよ」

「…そんなに、簡単に言わないでよ…!」



真剣な表情をする跡部に思わず迫力負けしてしまう。

---こんな跡部、見た事ない。



「簡単な事なんだよ、言葉なんて。嘘だって何だって平気で言えるんだ」

「…跡部には簡単かもしれないけど…私には難しい、よ…」

「一番難しいのは、そのお前の気持ちを変える事だ」

「…っ…!」



彼の言っていることは、的を射ている。
そんな事、自分でわかってる。



「だから俺が、その考えを変えてやる」

「…一番…難しいんでしょ?」

「あーん?お前、俺ばっか見てたんだからわかるだろ。…俺様に、出来ねぇ事なんてねぇんだよ」



何でずっと見てた事を知ってるんだ、なんて事考える余裕なんてなくて。
ただ、彼に流されない様にするためだけに必死。

悔しいけれど…彼の方が何枚も上手なのだ。



「…嘘、ばっか…」

「ばーか。事実だ」

「そんないうなら…変えてみせてよ…!」

「お安いご用だ」

「…難しいって言ったのに」

「俺なら簡単なんだよ。…俺以外には、変えさせねぇし変えれねぇよ」



真剣な、跡部。

こんな時に不謹慎だとわかっていても、ときめいてしまう。


---“好き”が、大きくなる。



「お前、一生俺の傍に居ろ」

「…!?…約束と、大差ないじゃない…」

「約束ってモノは不安定なんだよ。…これは、俺様からの命令だ。だから、多少我が儘になったって構わねぇよ」

「どういう事…?」


「寂しいなら寂しいと。辛いなら辛いと。自分の気持ちを躊躇する事なく言え」

「そんなの…!」

「俺の迷惑になるから出来ない?」

「…そ…だよ」



わかってるなら、言わないで。

お願いだから。
これ以上、惨めにさせないで。



「“約束”だと、そうなっちまうんだよ。…言わないでひとりで抱え込まれる方がよっぽど迷惑だ」

「……」

「もちろん、前の気持ちを変えるなんてすぐに出来るもんじゃねぇ。だから、俺の一生をかけて変えてやるよ」

「…約束じゃないのなら、それは…宣誓?」

「あぁ、そうだな。…だから、さっきみてぇな事考えずに俺の側に居ろ。自分の想いを、再優先しろ。それは、俺を優先している事にも繋がるんだ」



その瞬間。
ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でた跡部が小さく微笑んで。

それすらにも、心奪われる。



「…うん」

「…おら、戻るぜ」

「……跡部!」



颯爽と歩き出した背に静止をかければ、彼はポケットに手を突っ込んだまま「あーん?」という言葉と共に振り返る。
ああ、何て絵になるんだろうか。跡部という奴は。


…私も、言っていないけれど、



「…一番大事な言葉、聞いてない」

「…はっ。早速、従うか」

「…何でも言えって言ったのは、跡部。それに…私がちゃんと聞きたいの」



“命令”された通りに躊躇せずに伝えれば、彼はそれがなんの事かわかった様で。

くつくつと、おかしそうに笑った後。
いつもの様に自信ありげに口角をくっと上げ、ゆっくりと口を開く。



「−一好きだぜ、世界で一番」


「…うん、私も。私も、跡部の事大好き」



知ってる、と私を引き寄せた跡部にありったけの想いを込めて。彼の大きな背に腕をまわす。


…ちくしょう、どうしようもないくらい君が好きだ。
君のお陰でもうストップなんてきかない。
後悔するぐらい惚れて、惚れさせてやるんだから!



約束なんて、
信じない。




約束を信じないと言った私に君がくれたのは、命令と宣誓。

…そして、愛。







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