庭球夢 短編

□わかっていたのに
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友達に誘われて、テニス部の試合を見に行った。


目の前では、テニスの試合なのに血まみれになっている切原赤也と対戦相手の人。その光景に目を疑ったけれど、何度見直したって変わらない。


切原赤也がこうやって暴れるのはいつもの事らしく、誰ひとり驚かない。当たり前の事の様に見ていて、ただただ勝利に執着していた。



「なぁ」



みんなは普通の事だという。だけど、私はそれが信じられなくて。

元々、切原赤也っていう人物は苦手だったけれど…それが増長してしまった。



「…なぁ!」



しかし、増長といっても…彼を見つけると逃げてしまう、とか…あからさまに目を逸らしてしまう、とかなのだけど。

彼と接点はないからそうやった所で壊れる物はないし、大して意味を成していない。けれど、本能的に避けてしまうのだ。


それ以上近付くな、と自身の奥深くで警告している。



「おいっ!聞いてんのか!?」

「ひゃ!?…切原…赤也…!」



自分自身と討論していると、急に後ろから物凄い力で肩を掴まれた。

思わず後ろに傾いてしまう身体を何とかバランスを保って振り向くと、そこにいたのは切原赤也。
思わず半歩下がってしまうと、彼は眉を寄せて…私の目の前にニュっと腕をのばす。

その手元に握られていたのは、見覚えのある携帯電話。



「これ、お前のだろ?」

「そ、う」

「今、ポケットから落ちた」



あからさまに、なんで?と顔に出ていた様で。彼は、わざとらしく肩を竦めるとそう続けた。



「…ありがと…え!?」



ふいっと目を逸らしてお礼を言い、その携帯を返して貰おうと手をのばすと…何故かそれは遠退く。

なにかと思えば、彼が腕を高く上げて、私が届かない位置にしてしまったのだ。


思い掛けぬ事に切原赤也を見上げると、彼は意地悪く笑っていた。



「なぁ、お前さ、俺の事避けてるだろ?」

「…っ…」

「ま、どんなに鈍くても、あそこまであからさまに避けられりゃ…気付くわな」



避けている側と避けられている側。
普通は、逆の態度なのではないの?

なのに、何で私がこんなにもびくびくしているのだろうか。



「こないだ試合見に来た日からだろ?……俺が、怖いか?」

「当たり前、じゃない…!」

「…そっか」



俯いたまま、せめてもの反抗に本音を告げれば、彼の声のトーンが落ちた。本能的に顔を上げてしまうと、視界いっぱいに広がったのは…

悲しそうに。
しかし、自嘲する様に。

そう言われるのが慣れている、とでもいう様な彼の表情。



「…後悔するくらいなら…しなきゃいいじゃないっ…!」

「世の中そんな甘くねぇんだよ。今のこのテニス界は…生半可な気持ちじゃ生きていけない。先輩達も…、倒せない」

「…私には、言い訳にも聞こえるけど?」

「実際、そうなんだからな」



…何なんだ。
何なんだ、こいつは。

口では強がっておきながら、表情は全く逆。

本当は、したくないって。
心ではそういっているではないか。


こんな、話した事もない様な私の前で虚勢を張る必要なんてどこにもないのに。

何故?



……とりあえず携帯を返して貰おうと、段々と下がってきた腕に手を伸ばす。が、彼は思い出した様に腕を上げてしまって。

真っ直ぐと私を見据えてくる眼に、思わず怖じけづいてしまう。



「まだ。話は終わってねぇよ」

「話す事なんて、ないっ…!」

「生憎だが、俺は山ほどあるからな」



ぐっと右足を前に出して、私との距離を縮めた切原。無意識に、対抗する様に一歩後ろに引いてしまうと、彼は実に楽しそうに笑ってまた距離を縮める。

それを繰り返しているうちに、後ろには壁、前には切原という1番逃れたかった状況になってしまって。私が本気で焦っているのを知った彼は、喉を鳴らしてくつくつと笑う。



「…なぁ、嫌いな奴に迫られて真っ赤になってるけど?」

「なってないっ!勘違いしないで!」

「…威勢がいいこった」



悔しい。
仮にも切原は、カッコイイという部類に入る顔付きをしていて。

ましてや今まで経験した事のないくらいの至近距離にいる異性。
…全身の熱が上がってくるのだって、不可抗力だ。



「…賭けたっていい。お前は、必ず俺に落ちる」

「…落ちないっ!何で今そんな話になる訳!?」

「お前が、俺の中に簡単に入って来るからいけねぇんだよ」

「意味わかんない!あんたに落ちるなんて、有り得ないっ!」



いきなり予想外な事を言い出した彼に、精一杯虚勢を張って反論する。さっきまでとの展開の違いに、ついていけない。

私が頑なに否定し続けると、彼はまた小さく笑った後…互いの唇が触れ合うぐらいに顔を近づける。



「…その威勢が、いつまで保つか見物だな」



吐息が、かかる。

勝ち誇った様な切原の顔が、嫌なくらい視界いっぱいに広がる。


逃げたいのに。
動きたいのに、身体がいう事を聞かない。

ただただ固まっていると、彼は私の手に携帯を握らせる。その感触に手元に視線を落とすと、ポンポンと頭を撫でられて。

忙しく視線を元に戻すと、目に入ったのは颯爽と去っていく切原の背中。

おきていた事が理解出来ず、数分呆然としていた私は我に返って手元に戻って来た携帯を開く。画面に映し出されていたのは、切原のアドレスや電話番号。



「…いつの間に」



私の知らないうちに行われていた事に、思わず感心してしまう。
そして、それを確認して待受画面へと戻した携帯をポケットへとしまう。彼のアドレスや番号を削除しなかったのは、認めたくはないけれど…


私の気持ちの変化の表れ。


そんな自分を小さく笑った私は、切原が向かった方向と逆に足を進めた。




わかっていたのに
虜になった




君が誰にも見せた事がなかった
私しか知らない表情のせいで。





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