花に嵐のたとえもあるさ、サヨナラだけが人生だ。って言ったのは誰だったっけ?








最近の彼の言葉は「ああ」とか「そう」、「おやすみ」、もしくは「そう」の変格活用で。



五年の月日は、俺たちに倦怠という名の別れにも似た状態をもたらした。





「おはよう」

「ああ」


食卓に、少し長めに焼いたトーストとバターとブルーベリーのジャム、甘いミルクティーとかいつものように用意してしまう自分がいて

外から帰ったらうがいをするような、当たり前の行動にアスマという存在がいた。



「今日は少し遅くなるから」

「ああ」


新聞から目を離さずアスマは頷く。片手間にトーストをかじる姿に悲しみを覚える。


「アスマは?遅いの?」

「ああ」


今は株価あたりか。
向かい合いのテーブルなのに俺の最近の話し相手は専ら虚空で




バカみたいに質問責めにするのは、やっぱりまだ好きだからなのか。








【グッバイ、マイデイズ】










0時を少しすぎた頃に家に戻ると、玄関にある小さなライトだけがついていた。

静かに、リビングに上着をかけると寝室に向かう。

アスマは、何事もなかったかのようにベッドの左片隅でいびきをかいていた。

ひとつしかない少し大きめのベッドは、二人で住むことを決めたときにアスマが買ってきた。


ひとつでいいの、と問い掛けた俺にアスマは一緒に寝たくない日なんてきっと来ないと言ったんだ。



ベッドの縁に腰掛けて、髪ゴムを解いた。髪を下ろす度に香るのはアスマのシャンプーの香り。

一緒に住む前に、いつも香ったあの懐かしい大好きな香りさえも、慣習化してきていて。




寝返りを打ったアスマの顔を見て、反射的に涙が出た。




慣れて気持ちが変わってきたのは彼だけではなかったと気付く。

胸の高鳴りさえ、今は生活の一部になっていたのは自分だった。


きれいに整えられたヒゲに手を添えれば、ちくちくと痛んだ。






もうだめだ、と

そう感じたのは紛れもなく俺。






今も好きだけど、気づいてしまったから。








右半分に寝転ぶと、アスマの背中にくっついた。
いつもの香りがする。胸いっぱいにそれを吸い込むとまた少し涙が出た。














「おはよう」

「ああ」


今日は食卓には何もない。



「どうした?」



久しぶりにそんな言葉を聞いた気がした。


「うん」



新聞もまた開かれていない。

トーストの匂いもなかった。

それは非凡な朝。





「アスマ、別れよ」





おはようと同じテンションでさらりと言えば、



「…」




アスマは目を大きく開いた。でも多分予想の範囲内だったんだね。すごく冷静だった。



「いろいろ思って」


「ああ」


「突発的とかじゃないから」


「ああ」


「うん」



お湯が沸きそうな音がする。なんで言い訳してんだろって、何かアスマが言ってくれるか期待してんのかなってまだ俺は未練がましいの。



「お前が決めたなら、そうなんだろ」


「うん」



アスマの目はあの付き合った日の時と同じくらい優しかった。



別れが現実に訪れた事実よりも、五年で培われたこの普遍を打開したことの方が俺には達成感があった。



あとは、ああ、しか言わなくなったあなたのサヨナラを



本当に愛してるから

でも、ありがとうを言って



俺もサヨナラ言うわ。







多分、これ以上の人は現れないだろうけど、


キレイに咲いた花すらも永遠ではないとか、感慨深くなってしまったの。



嵐とともに散る花のように、あっけないその終焉を







「アスマ…」


「好きだよ、シカマル」


「うん」


「ほんとに、誰よりも」


「ありがと、俺も」









近付いた唇を離して、二人が紡いだ『サヨナラ』の言葉。




気持ちはすっと晴れていた。













20090222

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