マネージャーシリーズ

□新人戦
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※乾・松野が2年、海堂が1年の新人戦





「お疲れ」
「ああ」

松野からドリンクを受け取って喉に流し込む。クーラーボックスから出されたばかりのそれは、試合で温まっていた体を急速に冷やしていく。一息ついた俺の頭にタオルが被せられた。

「汗、ちゃんと拭いて。風邪引くよ」

確かに冷め始めた肌に、秋の空気は少々厳しかった。
悪いな、と言いかけたところで隣のコートからもゲームセット、の声が響く。松野はとっくにそちらに集中していた。
勝者として呼ばれた名前は、うちの後輩のものだ。タオルとドリンクを手にした松野は、握手を終えて戻ってきた後輩に、文字通り飛び付いた。

「お疲れー、おめでとう!すごい良かったじゃない、もうレギュラージャージが様になってるかも」
「え、そ、そうっすか?まあ当然っすよ!」

タオルごと撫で回された彼は、照れながらも満更ではなさそうに笑っている。松野はその頭を小突いて、調子乗らないの、と柔らかい口振りで諭した。

「俺にはあれはないのか?」

戻ってきた松野に言うと、白い目を向けられる。

「え、やって欲しいの」
「冗談だ」
「あんたが勝ったところで、今更あんな喜べないよ」

つまり俺は勝って当然、か。随分と信頼されたものだ。
相変わらず分かりにくい言い回しだが、あいつとの付き合いもそろそろ一年七ヶ月を過ぎる。二年連続クラスメートということもあり、他の部員たちよりは松野を理解している自負が俺にはあった。
当の松野は次の試合に備え、さっさとコートに貼り付いている。また後輩の試合だったか。春に新入生を得て以来、松野は後輩たちを大袈裟なほど可愛がっている。肩を竦めるような気持ちで、俺もドリンク片手に、その隣に立った。






「あ、」

松野の喉からかすれた声が漏れる。同時に湧いた周りの歓声に呑まれ、俺以外には認識されていない、そんな微かな音だった。
コートに伏していた選手が、擦り切れた膝に血を滲ませて起き上がる。最後のボールは、滑り込んだラケットのほんの3センチほど先で跳ねていた。試合終了の合図がなされても、彼の名前は呼ばれない。松野が触れていたフェンスが軋んだ音を立てる。
ゆらりとネットに歩み寄った彼は、相手選手との握手もおざなりに、早足でコートを出た。1年生の、海堂薫だった。

松野は握っていたフェンスを離し、傍らの救急箱を開けかけて、手を止めた。声を掛けようとする青学の生徒を睨み付け、海堂はどこかへ歩いて行く。手元のタオルだけを掴んだ松野は、俺たちを無視して通り過ぎようとする海堂の前に回り込んだ。

「お疲れ」

俺が二人の様子をさりげなく窺い見ていたのは、この時点で松野の様子が普段と違うことに、無意識ながら気付いていたからかも知れない。
海堂の背中しか見えない俺からは、差し出されたタオルを受け取ろうとしない彼の表情は分からなかった。その向こうで、松野は穏やかに笑んでいた。

「汗拭きなさい、冷えるよ」

2年生相手にロングゲームを終えた海堂は、この季節にそぐわない汗の量だった。よく粘った方だと言えるが、本人にとっては相手が年上だろうが名門だろうが関係ないのだろう。
横をすり抜けようとした海堂の頭に、松野は強引にタオルを被せる。その手が強く払われた。

「!」

バランスを崩しながら、松野は半分地面に触れたタオルを素早く掴む。海堂はしまったとばかりにそちらを向いたが、またすぐに頭を垂れた。

「……俺は、負けたんだ。放っといて下さい」
「そうはいかないよ、海堂」
「うるせぇ、同情すんじゃねぇ!」

瞬間、タオルの土を払っていた松野の顔色が変わった。
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