宝物・捧げ物

□BE MINE
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BE MINE

こうなった今でも、時々不思議に思うことがある。

完璧主義な彼が、何故私を選んだのかって。

それは、出逢った頃に知ったことの一つ。
音楽という共通のものに対して、私達の意見は全く違っていて、決して交わりはしないだろうと思った。
未完成でも、上手くても下手でも音楽を奏でるだけでそれは芸術と呼べると私は思ってた。けれど、彼は完璧な音楽しか芸術とは呼べないのだと言った。

私たちはどこか似ている所があったけれど、それ故に求めた先は全くの反対方向で、交わるわけがない。

だから、不思議なのだ。
およそ、完璧からは程遠い私を、何故傍に置いてくれる様になったのか。

オペラ座には完璧かは分からないが、歌い手もバレリーナも、紳士が囲いたがる様な女の子や女性は大勢居る。
それに、さっき急いで終演後の広間を横切った時にぶつかってしまったご令嬢…あまりに美人で、女の私も一瞬見惚れた、あの子みたいな完璧な美女がいいんじゃないの?あぁ、あの子は「レジーナ」と呼ばれて、何処か行ってしまったけれど。

ぼんやりとそんな事を考えながら、裏通路を通って辿り着いた先には、テイル・コートを纏った、仮面の紳士が支配する世界。


彼がオルガンで奏でている曲は先程の演目の一曲。
正直、あんまり上手くいっていなかった曲だ。それが彼にかかればオルガンの音色だけで素晴らしいものに変化する。これが、彼が求める芸術の高み、完璧な演奏なんだと思わせるものがそこにはある。私が連日頑張って調律したり、アドバイスしたりしても中々上手くいかないものをこうも簡単そうにされると・・・なんか悔しい気分になる。
そして実際問題、彼の完璧な演奏は聞くものの心を強く揺さぶるし、純粋に感動できるものなのだ。難しい事は分からなくても、ただ綺麗だなとか、うっとりするなとか・・・多分、そう思わせられる。

「カナネ、そんな所でつっ立っていないで、こちらに来てはどうなのだ?」

すっかり、聞き入ってしまっていた私に彼は声をかけてきた。

オルガンの傍に置かれたソファを示して促すので、私はそちらに移動する。
ゆったりしたソファの隅のあたりに私は座った。

もう一度、彼のオルガンを聞きたいと思っているのが伝わったのか、ソファに遠慮がちに座る私に苦笑した後、続きが奏でられる。あぁ、やっぱりこういう完璧と思われる演奏がいいのかも。紳士淑女が出入りする華々しいオペラ座に相応しいのは。

「どうして…」

小さな呟きは演奏の終焉と合わさり、彼に聞かれていた。

「何?」

「私は、エリックの求める『完璧』を何一つ持ってないのに、どうして傍においてくれるの?」

完璧な音楽に酔ったせいか、いつもは言えない言葉がなぜかすっと零れていた。
普段、自分のことに関しては殊更遠慮がちな私がそんなことを言ったからなのか、エリックは驚いた眼をして・・・苦笑した。
私の隣に移動してきて、ゆったりと座り込む。隣の重みで私も少し沈んだ。

「完璧でないものも面白いと、気づいたからだろうね」

背もたれにかけた彼の腕、その手が私の傍にあるだけで少し気恥ずかしい気持ちになる。この手が動いて、そして自分に触れてきたりするのかなって思うだけで、なんだか緊張してしまうのだ。

「例えば、お前がさっきぶつかっていたご令嬢が居たろう?」

「・・・見てたの?本当に完璧な美女だったわ。」

昔のエリックなら、あぁいう完璧な美女を囲いたいと思った?と、聞きたいのか聞きたくないのか分からない問いが浮かんだ。

「それがだ、彼女は社交界一スキャンダラスな一族の娘だ。完璧そうでも欠点がある。そういう意外性が面白いものなんだろうね、世の中は。」

「とてもそんなご令嬢には・・・」

美女だったが、そんな印象はなかっただけに、ちょっと驚きだった。
けれど、完璧からほど遠い私からすればそういう意外性は親近感に繋がるし、嫌いじゃないけれど。それをエリックの口から聞ける日がくるとは思わなかった。

それは、嬉しいことだ。
出逢ったころはこんな風になるなんて想像できなかったんだから。

膝の上に置かれていた私の手に、不意に彼の手が添えられる。
こんな些細な触れ合いにも中々慣れないのは、性格なのかなんなのか・・・ほんと、私って恋人らしい振る舞いが苦手なのよね。ほんとは、もっと触れたいとか思っていても。
エリックだってこんな風な触れ方や関わりをそうそうしてこなかったはずなのに、今やすっかり手慣れた風に私に触れてくる。なんだかズルいの。

「私にそういう不完全なものが面白いと、教えたのはお前だろう?」

重ねていた手が上に上がってくるのが恥ずかしくて、私はお茶を淹れるのを装って立ち上がった。不満そうなエリックに気づかないふりをしながら、「そうかしら」と応える。

「あぁ、そうだ。だがな、完璧ではないからお前といるわけではないと思う。ただ・・・そう」

エリックは、言葉を探すように一度口を閉ざして。
それから、ゆっくりと私を見つめた。

「完璧でも、そうでなくても、ただ・・・お前といると心が騒いだんだ。もっと、話してみたい、傍に居たいと。だから、今もこうしている。」

振りほどいたはずの手を、もう一度重ねて、その甲に口づけられた。
でも、それは嫌じゃなくて、むしろ嬉しい。

「私も同じ。嫌な奴って思ってたのに・・・気づけば、もっとって。やっぱり、私たちっていろいろ似たもの同士なのよね、きっと」

エリックに自然に笑いかけて、彼からも笑みが返される。
こんな風な笑顔のある日を二人で迎えられていることが、とても意外。

その意外性が面白いものなの。
完璧でない私たち二人が寄り添って、日々が少しずつ、お互いにとって理想的な、少し完璧に近づけている気がするってことが世の中の素晴らしいところだわ。



そんな風に考えていた私の頬に、手が伸びてきて・・・・。

エリックの眼が誘うように細められたけれど、私は恥ずかしくて。

また、お茶を淹れるのを装って、今度こそキッチンへと立った。


まだまだ甘い雰囲気に完璧に慣れるのは、無理そうだと、銀のスプーンに映り込んだ自分の頬を紅さを見ながら思ったのだった。




end








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