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□■:始まり
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へヴンズコーポレーション−地下7階009A室−


その日、このフロアはいつになく人の往来が激しかった。

たくさんの白衣を着た研究院たちが広い室内を縦横無尽に歩き、声が響き、入り口である3つのドアは開けたままになっていた。部屋の中央には巨大なカプセルが置かれ、中には今からの実験対象であろう生き物が時折浅い呼吸を繰り返しながら、ただ静かにそこにあった。


ヘヴンズコーポレーション創設者であるカオスは、この様子をビルの最上階にある自室からモニターで眺めていた。だだっ広い室内はカーテンが閉め切られ、無数にあるモニターの光だけが部屋の中を青白く照らし、豪華な装飾の施された体よりも大きな椅子に薄笑いを浮かべながら座っている。

コンコンとカオスのすぐ後ろにあるドアからノックが聞こえた。カオスはどうぞ、と一言言ってその人物を部屋に入れた。
大きなドアを重そうにあけながら入ってきたのはまだ若い女性だった。美しい顔立ちにいあわず、その顔はどこか不機嫌そうに見える。
短い金髪をなびかせ、シミ一つない白衣を着たその女性は、椅子越しでカオスが見えないにもかかわらず立ったまま深く頭(コウベ)を垂らした。
「カオス様、準備は整いました。指示があればすぐにでも始められます」
「御苦労さま。じゃあ、直にはじめてもらおうかな。ワタシは君たちがその後に記述した記録を見れば十分だからねぇ」
女性ははっと頭をあげた。
「カオス様は来られないのですか? この実験は貴方が来なければ意味がないことはお分かりのはずです」
「たしかに、ルドジェーンズ(ドラゴン。翼と両手がなく、大きな頭と大きなかぎづめをもつ)を実験対象と定めたのはワタシだよ。けれどこのくらいの実験は私が不在でも出来るだろう?」
「それは仰る通りですが・・・」
カオスはおもむろに立ち上がると、顔をしかめている女性のすぐ前に立った。そして女性の肩に右手をそっと置いて言った。
「ねぇ、アーフィ。ルドジェーンズという珍しい生物を解剖するのは我々にとっては大きな財産になるよ。けどね、ルドジェーンズも所詮はドラゴン。いくら珍しいといっても所詮カエルはかえるなんだ」
アーフィと呼ばれた女性は目の前にあるカオスの顔を直視できないのか目のやり場に困ったような顔をする。その表情はひどく幼く見えた。
「ではなぜ実験を・・・」
絞り出したような声で、その一言だけをいった。その問いにカオスは一瞬笑ったが、うつむいていたアーフィはそのことには気づかない。
「君たちの進歩のためさ」



アーフィが来た時よりも騒がしく出ていったあとカオスは再び椅子に座り、始まった実験の様子を感情のこもっていない目でモニター越しに見ていた。

指示をとっている先ほどの女性は、他の研究員たちを動かし見事に複雑な解体をこなしていた。
ふと、カオスは別のモニターに視線をやった。そこに映っているのはまだほんの子供のだった。回りを警戒しているのだろうか、あたりをしきりに見回しながら長い廊下を進んでいる。

カオスは椅子の肘掛けについているボタンを押した。とたんにモニター画面がすべて消え、部屋は一瞬で暗闇となった。
カオスは椅子から立ち上がり、部屋を覆っていたカーテンを一気に開いた。明るい太陽の光がしみたのか、目を細めた。
そのままガラス張りの壁に肩をよりかけ、はるか下にある地上を見た。先ほどモニターで見ていた少年がビルの出入口から飛び出してくる様子がおぼろげに見えた。
「研究院のほとんどはくだらない実験で地下に押し込めてあげたんだからねぇ、うまく脱出してもらわないと困ったんだよ。あとは君がうまく踊ってくれよ。マリオネット・・・いや、リノ」

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