Dream
□シャイネス
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「今日、遊びに行かへん?」
近くで聞こえた声に思わずドキッとする。ほんのすぐ後ろで女の子が話しかけられて、と言うかナンパされていた。同じ学年の男子に。
つまり、私が声をかけられたわけではない。
「(丁重に断られてるし…)」
ピンクの髪の毛、おしゃれに着こなした制服、京都弁で少し不真面目。女の子が大好きでいつも話しかけてる。
「ええやんええやん!」
「志摩ぁ!早く行かないと雪男に起こられんぞ!」
「え、ちょ、奥村くん、って坊も子猫さんも置いてかんとんて!…堪忍な、また今度!!」
嵐のように現れて嵐の様に過ぎ去っていった。ナンパされた女の子を見ていたら、不意に目があった。ニコッと笑った彼女は確かに可愛い。
それに比べて、私は、
「(可愛くないな)」
私が志摩くんに話しかけるときは早々に話を打ち切られ、志摩くんとたまたま教室に2人っきりになったときは居心地悪そうに部屋を出て行かれ、志摩くんに緊張しながら送ったメールの返事は、いつも素っ気ない。
嫌われてるとしか思はりません。
「あーあ、」
憂鬱な気分のまま祓魔塾に着く。教室に入ると、いつもいるはずのしえみも出雲も、さっき見かけた4人もまだ来ていない。
はて、今日は休みじゃないよね?
席に座って教科書とノートを取り出す。一限目は奥村先生の薬学だったはずなので、少し予習をしようと教科書を開く。
「あ、れ」
「あ…お、はよ」
教科書を開いたのと同時に、教室のドアが開いた。
そこにいたのは、紛れもない、私が会いたいけど会いたくない人。
「…勝呂くんたちは?」
「あー、何か先に行っとけって言われたんで」
「そっ、か」
明らかに素っ気ない。
私の席の斜め後方の席に座りに行った志摩くん。
確実に、今、この部屋から出ていきたいと思ってるはずだ。けど、時間が時間。もうすぐ授業が始まる。
「………」
「………」
他の人といるときはマシンガントークなのに、別人みたいにしゃべらない。
こんなにも人が変わるのは、どう考えても私のことが嫌いだからだ。絶対。
「……っ」
じわりと涙が溢れる。
ノートの文字がゆがみ、涙が一滴落ちた音が静かな教室に微かに鳴る。
「(どうしてこんなタイミングで、)」
泣き止め、泣き止めと思うほどとめどなく涙は溢れてくる。
嗚咽が漏れそうになる口を手で必死にふさぐ。
しかし、もう自分では制御できない。
志摩くんは私の席の斜め後方。私と彼を遮るものはなにもない。
ポタポタとノートに落ちる涙の音は、この閑散とした教室で耳をすまさなくても聞こえるだろう。
「え…名無しさんさん…?どっ、どないしたの!?」
案の定、気づかれた。
小走りで私に近寄り席のすぐ横にしゃがみ込み、顔を覗くように見上げてる志摩くん。
「な…でも、な…いっ…」
「そんな泣いてるのに、何にも無い訳あらへんよ!」
「(…どうして、)」
まるで別人の彼。
私は、志摩くんの優しさを望んで泣いたわけではない。
普通に話をして、普通に笑いあって、普通に喧嘩をして。そんな当たり前のことが欲しかった。
なのに、それなのに。
今度はオロオロしてる彼に、怒りがわいてくる。
止まらない涙を拭きながら、席を立って志摩くんに向き直った。こうなったらもう、やけだ。
「名無しさん…さん?」
「し、志摩くんはっ…わ…たし…きらっ、嫌いなくせ、…して」
「…え?」
「うっ…こ、いう…時は…話し、てっ」
涙も言葉も、一度出てしまったら止まらない。
「優しく、しないっ…で!ば…!!」
バカ、って言ってやろうと思った。なのに言葉が出ない。
開いた口はパクパクと動くだけで。
引き寄せられた体はすっぽりと志摩くんの腕の中。
志摩くんの腕が、鼓動が、息が、私を包んでいる。
「全ッ然、ちゃうわ!」
急に出された大声にびっくりして、思わず志摩くんの胸板を押し返してしまった。
なのに彼はまた腕に力を込めて私の頭と背中をきつく抱き締めた。
「…あかんなぁ…」
「…志、摩くん?」
あかんな、と繰り返す志摩くん。
どうしたらいいのか分からなくて、状況がよく飲み込めなくて、ただ硬直していることしかできない。
「普通にしてはるつもりなのに…よそよそしかったんか…」
「え…?」
いつの間にか止まっていた涙。
それよりも、それよりも。
今の言葉の意味が、よく分からない。
こんな状況で、この言葉の意味を負の方に捉えるなんてことは、馬鹿げてるって断定してもいいのか。
だとしたら、私は
「…好き、なんや」
私は、この気持ちもぶつけてやろうと思う。
シャイネス
(兄さん、授業どうしてくれるの?)
(まあまあ!一件落着ってことで!)
(……)
(それにしても、2人とも分かりやすいですね)
(アホなんや、2人とも)
(アホじゃなくてどアホよ、どアホ)
(照れ屋さんなんだねぇ!)
(何でそうなるのよ…)
教室前、待機組の会話。