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□不倫愛
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「や、やぁ桂さん…」
「待たせてすまない、長谷川さん。ここへ来る途中は無事であったか?」
「あぁ・・・誰にも会わなかったよ」
水商売の女や浪士で賑わう歌舞伎町。
繁華街から少し外れた人通りの少ない路地裏で、二人はこうして落ち合う。
桂は辺りを見回した後、ようやく笠を脱いだ。
「桂さん、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、ここらは夜はめっきり人通りも無いし」
「うむ。しかしこういった物騒な場所ほど警察が往行している。これでも俺は指名手配犯の身なのでな」
長谷川と桂。
二人がこうして夜、人を避けて逢瀬を重ねるのには訳がある。
特に桂は指名手配犯であり、夜は特に攘夷志士への取り締まりが厳しい。治安の悪い歌舞伎町なら尚更であった。
そして、長谷川は別居中ではあるが、妻帯者。誰か顔見知りに見られたりしたら、色々と面倒なことになるのだ。
二人が逢瀬を重ねる様になったのは、長谷川が桂のアルバイト先に訪れた時、ヅラ子に一目惚れしたのがきっかけである。
だがこうして夜、人目を阻んで会うのは今日が初めてだ。
「言っておくが、俺は勤務外では女装はせぬぞ。ヅラ子に会いたいのなら店に来るがいい」
「へへっ、確かに俺はヅラ子さんに一目惚れした。だがあの時だってすぐ正体は桂さんだってことに気がついた上で誘ったんだ」
そう、桂はその日、長谷川の指名を受け、そのまま二人で店を出た。
一度だけ、長谷川に身を売った。
「あの日は仕事でそなたと・・・…だが今は女物の着物も身に着けてないし、ノーメイクだし…」
「それでいいんだって。ヅラ子さんの時は勿論べっぴんだが…普段のあんたの方が俺は好きなんだ」
そう言うなり長谷川は、桂の腰に手を回す。
「ちょっ、長谷川さ…」
桂は腰から尻に滑り落ちるその手を阻止しながら、辺りをやたら警戒する。
繁華街の方角からは賑やかな声やら音楽が聞こえてくる。
しかし雑居ビルの間に挟まれたこの場所では、二人の囁くような声もやたら響くのだ。
「俺はもうあんたを忘れられなくなっちまったらしいんだ…」
長谷川の左手が二人を引きよせ、右手が桂の顎に添えられた。
ゆっくりと、顔が近づく。
「・・・長谷川さん、グラサン。」
「あっ、すまない」
静寂を切った桂の空気を読まない一言。長谷川は慌ててサングラスを外した。
サングラスを取ると、久々に見る長谷川の素顔が。
「長谷川殿、そなたグラサンを取った方がいい男だと思うぞ?」
顔と顔が極めて近い状態で、じっと真面目な目をした桂が言う。
「ははっ、桂さんが喋るとイイ感じのムードも崩壊するよなぁ」
苦笑しながらも長谷川はゆっくりと顔を近づけ、やがて唇と唇が微かに触れる。
桂の反応を確かめる様な、軽い口づけ。
長谷川が目を開けると桂は目を閉じていた。
(いいのか…な。)
再び触れる唇。
(桂さんて、実は何考えてるか分らないよなぁ)
何度も触れては離れ、そのうち舌を侵入させた。
次第に深くお互いを貪り合い、その濡れた音がより気持ちを昂ぶらせる。
長谷川は両腕を桂の後に回し、その背中を包み込むように抱きしめる。
細い。
(こんな華奢な体で戦争を体験したのか…銀さんの右腕だったという話も本当なんだろうか?)
長谷川の頭の中は以外と冷静だった。
そんな事を考えながらも、桂の着物を丁寧に肌蹴させてゆく。