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□独占欲
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今年も梅雨の季節がやってきた。


ここ数日は太陽も顔を出さず、春を過ぎて久々に肌寒さを感じていた。


髪を束ね、紅をさし立ち上がると、桂は窓の外を眺め掌で小振りの雨を確かめる。

「誕生日も近いというのに、こう天気が悪いと気分も沈みがちになる・・・なあ、エリザベス」


エリザベスはいつものように無言で、用意していた女物の羽織を手渡す。


「ありがとう」

にこりと微笑みそれを受け取ると、桂はサッと小気味良い音を立てて羽織った。


エリザベスに見送られながら外に出ると、不気味な色をした空を見上げ、傘を開いた。



今日は、西郷特盛の店“かまっ子倶楽部”での仕事だ。
最近は店からの期待も大きくなり、出勤頻度が増えてきている。
これはもうアルバイトの域を超えているな、と自分でも思う時がある程だ。


こうして夕方日が暮れた頃出勤し、明け方帰るという生活は、もはや桂にとって慣れたものだった。



店に着いた桂は、いつものように裏口から店へ入った。
すると同僚ホステスのあずみが、息を切らせて桂の元へ駆け寄った。

「ヅラ子ぉ待ってたわよ!アンタにご指名、それもいきなりヅラ子出せって。今居ないって言っても聞かないのよぉ」

「なんだと?……分かったすぐ行く、ありがとうアゴ美」

「誰がアゴ美だゴルァ。…まぁ今はいいわ、とにかくいってらっしゃい、ママが待ってるわ」


ヅラ子は急いで店内へ向かうと、西郷が奥の座敷に座る客と何やら喋っているのが見えた。
しかし西郷の影になっていて、誰なのかここからは見えなかった。


「お客様、ヅラ子は間もなく参りますので、それまでは他のホステスがお相手致します…」

「誰が化け物出せって言ったよ……早くヅラ子とやらを出してもらおうか」

「お客様?…てめえ、うちのホステスを侮辱するようなら…!」


怒り心頭した様子の西郷が、腕を振り上げたその瞬間。

バシっと音を立て、その腕が捕らえられた。

「なっ・・・・・・」


ゆっくりと腕が退かれ、その先に見えた人物に桂は己の目を疑った。


「た……高杉……」


遊び人風の為りをしたその男は、長い前髪の間からこちらを覗くと、にやりと笑った。


「よぉ、ヅラ……しばらく会わねぇうちに随分変わっちまったな」


「貴様…ここに何の用だ」


店内の客達は、西郷と互角にやりあうあの男は何者だ、とざわめき出した。


西郷はいつの間にか桂がそこにいたことに気づき、微笑みかける。

「…あらヅラ子、来てたの。このお客さんがアナタをご指名なんだけど、帰ってもらうわね」

「いや西郷殿、そのお客は私の知り合いで…」


すると高杉は西郷の手を振り払い、ゆっくり立ち上がった。

「ほうら、ね。分かったんなら早速個室に案内してもらおうか」

「個室って……それは」

店には確かに客人用の応接間があるが、この男に貸したらろくなことになりそうにない、と西郷は躊躇していた。

そこへ、

「西郷殿、大丈夫です。私が案内しましょう」

そう言いながらヅラ子が、高杉と西郷の間に割って出た。

「ヅラ子…」



西郷の案ずる様な眼差しを受けつつ、桂は高杉の前へと歩み寄る。


「ご指名ありがとうございます。ではお客様、こちらへ…」

桂はさっと営業スマイルを決め込み、あくまで店員として振る舞った。それはこれ以上無駄な騒動を生まない為、何より店を巻き込みたくなかったのだ。


それというのも、桂にはなぜ高杉が店までわざわざやって来たか、何となく予想が付いていたからであった。


2人を見送った店内のホステスや客人は、再び明るい音楽や舞に興じた。





高杉を連れ、奥の部屋へと進む桂。


目的の部屋は階段を登った所にあるらしい。

ヅラ子となった桂の後姿を、高杉は冷めた目で見ていた。


「こちらが鳳凰の間でございます」


高杉が案内されたその場所は、無駄に広い空間の中心にテーブルとソファが対面式に置いてあった。

桂は備え付けの冷蔵庫からボトルとグラスを2つ取り出した。


この店自体それほど高い建物では無いのだが、この辺りの建物の背が低いせいか歌舞伎町の美しいネオンライトが一望でき、さながらホテルのスィートルームの様だった。


「ほう…辺鄙な店だが一応洒落た部屋もあるんだな」

部屋を見渡し、高杉が一足先に腰を沈めたソファは座り心地の良い物だった。


「まったく…こんな所へ何しに来たんだ、高杉」


桂はテーブルにグラスを2つ並べ、高杉の隣に座った。


高杉がその様子を満足げに見つめる。


「いいのか?俺の隣に来て」


「一応これも接客だ」




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