*短編*

□桜の花が散る頃に
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靴を履き終えた所で、リビングからお袋が顔を出した。

「アラ清麿、出掛けるの?」

珍しい事もあるのねぇ、なんて嬉しそうに微笑うから、少しだけ胸が痛くなる。

「あぁ、図書館行って来る」

「そ。気を付けてね」

「ハイハイ」

扉を開けると、ふわりと春の香りがした。

久し振りに嗅いだ外の匂いは、あの頃と変わらないのに。

(もう、アイツはいない)


ふと庭を見渡せば、隅に置かれた数枚の板切れと、色褪せた『ウマゴン』の文字が目に留まる。

――解体したのは、いつだっただろう?

花壇にはへったくそな字で書かれた墓標の、歴代バルカンの墓がある。

たかだかお菓子の箱と割り箸で作られた玩具に墓がいるのかは甚だ謎だが、一応『墓』だなんて書かれてたら撤去するのに気がひけて。

お袋も何も言わず、そこを避けて水を遣っているみたいだ。

「……イイ、天気だな」

空を仰ぎ見れば、雲一つ無い青空が広がっていた。

アイツが居たら、喜んで公園に行きそうな陽気。

『清麿も一緒に行くのだ!!』

そんな事言いながら、俺のズボンの裾を引っ張るんだろうな。

そしたら俺は、鬱陶しそうな顔をして、一人で遊んで来いって言ったりして。

あぁでも、夕方になったら迎えに行ってやってもいいな。

「……馬鹿みてぇ……」

もう二度と、そんな日常は来ない。

――そう、分かってるのに。

ふるふると首を振ってゆっくり歩き出すと、世界は鮮やか過ぎるくらいカラフルで、全てが作り物みたいだ。

目に痛いくらいの緑も、すぐに散るくせにやたら存在を誇示する桜も。

綺麗だなって笑い合えたあの頃は、あんなに身近に感じられたのに。

春が好きだってアイツが言うから、俺も好きになれた筈だったのに。


――今は、全てが遠い。


この世界の何処にも、俺は馴染めない。

俺の居場所は、多分此処じゃない何処かにあるんだろう。


「あ、高嶺くん!!」

不意にかけられた声の主に、軽く目を瞠る。

「……久し振りだな、水野」


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