*短編*

□サンタクロース
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「…それで、清麿」

「ん?」

「どうするんだ?ガッシュ」

「……あー…どう、しよっかなぁ…」

ゼオンの言う通り、ガッシュは頭が悪いわけではないのだ。
彼の欠点は、『優し過ぎる』という一点のみ。

目の前で傷付いてるものを素通り出来ずに配達に遅れたり、届ける筈のプレゼントを泣いてる子供にあげて配達そのものが出来なかったり。

サンタにとって一番大事な事は、時間通り決められた者にプレゼントを届ける事。
言い換えれば、それ以外はどうでも良いのだ。
けれど、優しさを欠点と言ってしまうなんて、あまりにも悲しすぎるから。
清麿は、ガッシュにこの仕事をうまく教えられないでいたのだ。

「…とりあえず、ガッシュと話して来るよ」

「…そうか」

まだまだ半人前なアイツを配達に出して、大丈夫なのかどうか。それと、もう一つ。
清麿にはどうしても、知りたい事があったから。

***

俺達とガッシュ達の寮を繋ぐ通路のドアを開けると、風に交じってちらほらと雪が舞っていた。

見上げた空はあまりにも綺麗で、いつか見た絵本のそれと重なる。



―…いつも泣いている子供も、その日ばかりは瞳を輝かせ、笑顔で夜空を見上げます。
暖炉の隣の窓の傍らでストールを被り、そしてじっと耳を澄ませているのです。
そうして待っていれば、遠くから聞えてくるあの音を、聞き逃しませんからね。

…しゃん、しゃん、しゃん…

あぁほら、聞えてきましたよ。
空を翔る、トナカイの鈴の音が―…



「…幸せを、運ぶ事か…」

――そのままでいて、欲しいと。

願ってしまったのだ。
見上げる瞳が、どこまでも澄み切っていたから。

サンタなどにならずに、優しいままで生きていってほしいと。
だから一番の欠点を、無理に直そうとはしなかった。
試験の結果がどれだけ悪かろうと、そのせいでどれだけ周りから皮肉を言われようと、全く堪えなかった。

それなのに、アイツは試験に合格したと言う。
それは、つまり――

「きよまろ?」

不意にかけられた声に反射的に振り返ると、そこには温かな金色の瞳。

「何をしておるのだ?寒くないのか?」

背伸びして伸ばされる両手に膝を折ると、小さな手でわしゃわしゃと髪を乱された。と同時に、はらはらと音も無く落ちる雪。
知らぬ間に、雪が積もっていたらしい。

「…あ、…お前は?何してたんだ?」

ありがとうを飲み込んで立ち上がると、肩の雪を軽く払い落とす。

「ウヌ、清麿に会いに行こうと思っておったのだ」

「…とりあえず、行くか。ココアか何か、淹れてやるよ」

「うぬ!!」

***

「…き、きよまろ…ッ?」

「何だ?」

「こ、これは一体何なのだ!?何をどうしたらこんな臭いでこんな味のココアが出来るのだ!?」

「…さぁ?俺も不思議なんだが、何でだろうな」

「大体お主、何故自分は飲んでおらぬのだ!!」

「俺はそんなに甘いものは飲みたくない」

「甘くないッ!!断じて甘くないぞ、このココアはッ!!!」

涙目どころか半泣き状態のガッシュに大きく溜息を吐くと、落ちかけたストールを羽織り直して問う。

「それで?俺に何か用があったんだろ?」

「…うぬ、ゼオンに聞いたのであろう?」

「追試の事か?」

「うぬ。……スマヌ、本当は私が自分の口で伝えるつもりだったのだ」

「いいよ、誰に聞いても結果が変わるわけじゃないしな」

目線で先を促すと、ガッシュは飲む事を諦め暖を取る事にしたらしく、カップを両手で包み込みながら、中の液体を見るでもなく見つめていた。

「……清麿はいつも言っておったの、私の考えはサンタには向かぬと。サンタの考えとは、違うのだと」

「…あぁ」

「だけど間違っていると言われた事は一度もないのだ。…私はそれが嬉しくて、試験の結果がどれだけ悪くても、清麿がどれだけ怒っても、全然気にしてなどいなかったのだが…」

チラリと伺うようにこちらを見るガッシュに、苦笑を返す。
点数などに拘る奴じゃないだろうという事は予想がついていたから、今更そんな事を咎めるつもりはない。
俺が怒らないのを確認すると、ガッシュは再び口を開いた。

「…ゼオンに叱られたのだ。清麿をいい加減に助けてやれ、と」

「へ?俺?」

「ウヌ。…お主はえりーとという奴なのであろう?それなのに、私のせいで様々な非難を受けていたなど…ずっと、気付きもしなかったのだ」

「…いや、まぁ…」

そりゃあ最初は、苛立ちもした。
何故俺が、こんな落ちこぼれの面倒を見なければならないのかと。
だけど、途中から――コイツの欠点を分かっていながら、それを直そうとしなかったのは俺だ。

「スマヌ…私は自分の事ばかりで、ずっとお主を辛い目に合わせてしまっていたのだな」

「いや、それは別にいいから」

「良くないのだッ!!私は…ッ」

「いいって!……そのせいで、試験合格したのか?」

そのままで、いて欲しかったのに。
そう願った俺のせいでお前が変わってしまうと言うのなら、それは何と皮肉な事だろう。

「ぬ?……清麿は、私に合格しないで欲しかったのか?」

「…そういう、わけじゃないけど」

小首を傾げるガッシュの問うような眼差しに顔を背けると、ガタガタと窓の揺れる音だけが響いた。
沈黙に耐えられなくなった清麿は、視線を逸らしたまま、重い口を開く。

「……お前アレ、どうしたんだ?実技の途中の、死にかけジイサン」

「うぬ!あれはの、本当は元気な所を死にそうなふりしているだけなのだとゼオンに聞いての」

「…飛べないウサギは?」

「本当は飛べるらしいのぅ」

「迷子の女の子は?」

「じょゆうさんとやらを目指す子らしいのだ」

「……あぁ、そう……」

つまりは、そういう事か。
ガッシュがそれらを見過ごせるよう徹底的に理由付けを施し、何が何でも合格させようと俺の事を持ち出し――そうやって、試験を突破させたわけか。

さすがは、双子の兄。
弟の扱い方を、十二分に心得てるじゃないか。

「…でもお前、実際にプレゼント配りに行って、本当にそんな奴等がいたらどうするんだ?」

「ウヌ!ゼオンと話し合っての、対策はバッチリなのだ!」

「対策?」

「ウヌ。まずはの、傷付いた者がいた時の為に、薬であろ?リストにはない子供に出逢った時用のプレゼントも十個ずつ持つ事にしたのだ!それから、空腹の者に出逢った時の為に…」

「ちょ、ちょっと待て!!お前、分かってるのか?お前らはまだソリには乗れないから、全部歩いて配達するんだぞ?」

「分かっておる!だーい丈夫なのだ、私は力持ちだからの」

「でも、余分なプレゼントなんてないだろ?」

「それは私がちゃんと用意するから平気なのだ」

「…だけど、寄り道してたら時間が…」

「決められた時間より五時間は早く出るのだ!後はゼオンが時計を見てくれる事になっておる。ゼオンはの、ロボットの様に時間に正確なのだぞ?」

悪戯に笑うガッシュに、堪えきれない笑みが零れた。

――こんなサンタが、いてもいいだろう。
絵本から抜け出してきたような、こんなサンタが。

「分かったよ、上には俺から言っとくから、お前も明日は『サンタクロース』だ」

「…ぬ?上?」

「……お前ひょっとして、知らなかったのか?試験に合格しても、担当のサンタがOKを出さないと配達には行けないんだぞ?」

「そ、そうなのかッ!?」

「…しっかりしてくれよ、ガッシュ…」



***


「さぁ、これで皆にプレゼントは配り終えたかな?」

そう言って、サンタさんは大きな大きな袋の中を覗き込みました。
すると、袋の端に一つだけ、小さな小さなプレゼント箱があるではありませんか。

「おかしいなぁ、街も森も、湖だって回ったというのに」

サンタさんは首を傾げます。その時でした。

「僕はまだ、プレゼントを貰っていないよ」

サンタさんの真っ赤なズボンの裾を引っ張りながら、一匹の野ねずみが寒さに身を震わせていました。

「あぁ、これは君のプレゼントだったんだね。寒かったろう、随分待たせてしまったね」

そう言って最後の一つを渡してしまうと、今度こそ袋の中身は空になりました。

「良かった。今年も一人残らず、みんなの幸せそうな笑顔が見れた」

そう言って笑うサンタさんを乗せたトナカイは誇らしげに胸を張り、クリスマスの夜空をまた、どこへともなく翔けて行くのでした――



***


擦り切れた絵本を投げ捨てると、頭に積もった雪がドサリと落ちた。
寒さで赤くなった指先を擦り合わせながら、女の子は空を翔るトナカイを鋭く睨み付ける。

「何よこんなのっ…嘘ばっかり…ッ!!」

サンタさんなんていやしない。
去年も、その前の年も、サンタさんのような格好をした人には何人も出逢ったけれど、誰一人プレゼントなんてくれなかった。

「みんなみんな、嘘つきばっかりじゃない…ッ!!」

お父さんも、お母さんも、ずっと一緒だって言ってたくせに。
あたしだけ残して、どうして。

「っひ…ぅ、っふぇ…」

零れる涙は、暖かくて。
一人の冷たさを、浮き彫りにしていく。

「…おかぁさッ…、と、さん…っく、ひっく…」

――その時。
ざくり、ざくりと近付いてくる足音が2つ。

揺らぐ視界には2つの人影。赤と紫の、

「サンタ、さん…ッ!?」

「うぬ、メリークリスマスなのだッ!」


クリスマス。


それは誰もが皆幸せになれる、奇跡の日。



END
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