*短編*

□ペットになってみませんか?
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人気の無い、暗い公園の一角。
街灯の傍のベンチで、清麿は持っていた鞄を強く抱き締めた。

「…寒…」

冷たい風に身を震わせながら時計を見れば、現在時刻はPM10:00。

何の書き置きもせずに出てきてしまったけれど、お袋はどうしているだろう?
中学生ったって俺は男だし、まさか一日帰らないくらいで警察に届け出たりなんてしないだろうが…とにかく、補導されて連れ戻されるのだけは避けたい。
カラオケか、ネットカフェか…とにかく個室に入ってしまえばこっちのものだ。

そうと決まれば一刻も早く入室してしまおうとベンチから立ち上がったところで、不意に脳裏に優しく微笑むお袋の姿が浮かんで、ずきりと胸が痛んだ。

家出なんて、馬鹿なことをしている自覚はある。
こんな事したってただお袋に迷惑をかけるだけで、事態が好転しない事などとうに分かっている。
だけど、ほんの少しだけでいいから。

何のしがらみも無い世界で、生きてみたくて。

ふるふると頭を振ってお袋の姿を消し去ると、ただ暗いだけの空間をキツく睨みつけ、今度こそその一歩を踏み出した。

***

「痛ッ…てぇ…」

口に入った砂を吐き出してから、清麿はゆっくりと身体を起こし、壁に背を預けた。

なるべくなら、年齢の確認などをやらなそうな緩い所がいい。
そう思ってくたびれたお店を探している内に人気のない通りに迷い込んでしまい、そこで運の悪い事に、生まれて初めてのカツアゲにあったのである。

投げ捨てられた財布の中身を確認すると、札はもちろん、小銭すらなかった。
どこかに入ってから食べようと思っていたから、晩飯すら食ってない上に、季節はいまだ冬。
野宿なんてした事すらない俺が、果たしてそれに耐えられるのだろうか?

「…帰る、か…」

ポツリと呟いて見上げたそこには、コンクリートの壁に囲まれた、不恰好で小さな空。
ぼんやりとしか見えない光は、星と呼ぶにはあまりにも曖昧で。
空を汚しているだけのようにしか、見えない。

『高嶺のやつ、何で学校くんだろうなぁ』

『あれだろ、俺らを見下して優越感に浸りたいんだろ?』

『マジかよ、性格わりぃの』

違うのに。
そんな事、一度も思った事なんて無かったのに。
何度も何度も言われ続けた陰口は、いつしか俺を黒く染めて。
ふと周りを見渡せば、もう彼等がクズの集まりにしか見えなくなってた。

『清麿!!学校行きなさいったら!!』

『あなたそんなんだから友達出来ないのよ!!』

居場所のない場所へ行けと言う言葉は俺を追い込むだけだった。
お袋は俺が悪いから、俺に欠陥があるから、友達が出来ないのだと言う。
俺を少しも理解しようとしない奴等に媚を売ってまで、そんな下らない関係を作ろうと思えないだけなのに。

家に居ても学校に居ても、息をするのが苦しかった。
何のために此処に居るのか分からない、何のために生きているのか分からない。
ただ逃げ出しくて、自由になりたくて飛び出したって、この有様だ。

「……うッ…く、…ッ」

どうして。
俺は天才な筈なのに、生きる意味さえ見つけれないのだろう?
幸せになる方法すら、分からないのだろう?

どんなに難しい数式が解けたって上手く生きられないのなら、こんな頭脳などいらなかったのに。
何の役にも立たない、こんな才能なんか。

「ぬ?誰かおるのか?」

かけられた声に、びくりと身体が震えた。
慌てて涙を拭って顔を上げると、そこにはきらめく金色の髪。

「お主、どうしたのだ?」

その派手な色の頭にさっきの奴等の仲間かと身構えたが、髪と同じ色の瞳を見て、その金髪が本物である事を知る。

「……何でもねーよ、俺に構うな」

「ぬぁ!!怪我をしておるではないかッ!!」

「別に、平気だか」

「可哀想に、泣いておったのか?」

人の言う事をちっとも聞かない金髪の男にそっと目元を撫でられて、慌ててその手を振り払う。

「構うなって言っ」

「家まで送るのだ、明日も学校があるのだろう?」

「ッ…学校なんかねぇよ!!」

「ぬ?行っておらぬのか?けれど家はあるのだろう?親御さんが心配してるのだ」

「家なんかねぇよッ!!もう放っといてくれ!!」

「待つのだッ!!!」

逃げ出そうとした腕を捉まれて睨み付けると、男は優しく微笑んだ。
全てを見透かされているようなその笑顔は酷く居心地が悪くて。
どうにか離してもらおうと手を引っ掻くが、男は気に留めた様子もなく俺の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。

「なッ…何す」

「家がないのなら、私の家に来ぬか?」

「……は?」

「最近一人暮らしが寂しくなってきての、ペットでも飼おうかと思っておったから、丁度良いのだ!」

にこにこと語る男は、決して冗談を言ってる風ではない。

「…オイ、それはまさか、俺にお前のペットになれって言ってんのか?」

「ウヌ!動物と違ってお主なら会話も出来るしの」

「ッふざけ」

「行くところがないのだろう?―…それとも、本当は帰る所があるのか?」

帰る所ならある。
帰らなければならない家が。

だけどそこに、俺の居場所はない。

帰りたいと思えるほどの、暖かさなんて。

「…無い、けど…」

「では、良いではないか。よく考えてみるのだ、ペットも悪く無いぞ?三食昼寝つきなのだ!!」

「そ、そんな問題じゃ…」

「大丈夫なのだ!絶対に、寂しい思いなどさせぬから」

何がどうして大丈夫なんだ?
どうしてそう言い切れるんだ?

頭の中にはいくつもの疑問符が浮かぶのに、どれ1つとして口をついて出て来ない。

――コイツが、あんまり優しく笑うから。

「…だから…そんな問題じゃ、なくて…」

「ぬぅ、では何が問題なのだ?これからは、私の家がお主の帰る場所になるというだけの話であろう?」

「俺の、帰る場所…?」

「うぬ!!今までは私だけの家だった場所が、私とお主、二人の家になるのだ!」

「…二人の家…」

「それが不満なら、私の腕の中がお主の場所でも良いのだぞ?」

今日初めて会ったばかりの俺に、彼は居場所をくれるという。
俺だけの、場所を。

「……のぅ、良いであろ?私と共に、帰ってはくれぬか?」

ふわりと抱き締められた腕の中は暖かく、凍える身体をじんわりと溶かして。

俺はようやく、深く息を吸う事が出来た。


――――――――――――


漫画では植物園が麿の逃げ場所だと書いてあったけど、それが無かったら麿は色んなものに押し潰されちゃいそうですよね。
あの頃の麿にとって学校は悪意の塊のような場所でしかなくて、かと言ってゲーセンとかでサボる程の器用さは持ち合わせてない。
華さんは麿の根性を信じてるからこそ叱咤して学校へ行かせてる訳だから何も悪くないし、華さんの気持ちだって分かるけど、だけど清麿だって何も悪く無いのに。
ただほんの少し口下手で臆病だっただけなのに、なんて思うと、本当に植物園があって良かったなぁと思います。

で、このSSは植物園が無かった場合の麿です。
学校と家のどちらかにしかいられないのに、そのどちらでも安らげない。
馬鹿じゃないので華さんに大事にされてる事は分かるし、華さんが学校へ行かせようとする気持ちも分かる。だけど行きたくない。
迷惑はかけたくないけど、だけどもう耐えられない。
そんで突発的に家を飛び出しちゃうという背景があったりなかったり。

 
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