*episode.over*

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ガッシュ・ベルという男は、王になっても変わる事無く、皆に優しく在ろうとした。

そうしなければいられないかのように、どこまでも、どこまでも。

それが自分の首を絞めているという事実に、とうの昔に気付いていながら。


それでも優しさを振りまくアイツを、どうしようもないと蔑むくせに。

そうでなければアイツじゃないなんて思う自分勝手な俺こそが、誰より一番、愚か者なのかもしれない。


episode.04


10年に渡る戦いが終わり、平和にも飽きてきた今日この頃。ダンベル代わりの巨大な岩を投げ捨てて、そろそろ休憩でも取るかと大きく息を吐いた瞬間。
僅かだが、久しく感じる事のなかった、強い魔力を感じた。

城の護衛隊長を務める身としては、放っておく事など出来ない。

そんな建て前を引提げながら、興味本意で訪れた場所には。

「……森、だと…?」

目の前に広がる巨大な森に、ブラゴは軽く目を瞠った。
報告によれば、此処はつい先日まで剥き出しの岩地で、草の一本すら生えてなかった筈だ。

いくら魔界が成長し続けていると言っても、そのスピードはごく緩やかなものであり、こんなにも唐突に、見る者に違和感を与えるような成長の仕方をする事例などは報告されていない。


――やはりこれは、何者かの魔力によるものか…?


眉間に刻む皺を深くしながら、ブラゴは森の中へと足を踏み入れた。


森に入ってすぐに、ブラゴは違和感に気付いた。
そこにはあって当然の、鳥や虫の声がなかったから。
これだけの大きな森だ、弱い魔物共が身を隠すのにもうってつけだろうに。

風の音以外は何の音もしない不気味な森を、ブラゴは黙々と歩き続けた。
ただ1つだけ感じる、生物の気配へ。

(…雑魚か、それとも…?)

欠片ほども感じない魔力に、ブラゴは慎重に距離を詰めた。
一般的に、より強い魔力を持っている者ほど、その制御も巧い。

そう、あくまでも『一般的』には。
ブラゴは、魔力の制御が苦手だった。

任務に必要だからと覚えはしたが、まず制御しようという考え方そのものが気に食わん。
そんなものが出来た所で、不意打ちや逃げる時に役立つくらいだろう?
諜報は俺の仕事じゃないし、自らを弱く偽る事に、一体何の意味があるというのだ。

己の魔力に絶対の自信を持っているからこそ、ブラゴにはその必要性が分からなかった。


――それにしても。


これだけ近付いても魔力を感じないとなると、これはやはり相当の使い手だと思った方が良いだろう。

チラリと見えた漆黒の髪に、掌を向けて。

「オイ、貴様そこで……な…ッ!?」

踏み出した足がピタリと止まる。
激しい動揺に、掌に集めた魔力は一瞬で霧散した。

そこに居たのが―…否、倒れていたのが、現王の元パートナー『高嶺清麿』だったから。

(…嘘、だろう…!?)

魔界に人間が居る事。
20年も経つのに彼の見た目に変化が無い事。

何よりも、その痛々しい姿に驚愕した。

裸で横たわる細い身体には、いくつもの赤い痣が点在していた。
両手首と首筋にはハッキリと指の跡が残り、頬にはくっきりと涙の跡が残っている。


――こんな彼など、知らない。


記憶の中の彼は、赤い魔本を片手に、臆する事なく魔物と対峙していた。
弱い人間のくせに、傷だらけでボロボロのくせに、いつも不敵に微笑んでいた。
どんなに劣勢と思われる状況に置かれても、彼の瞳は揺るがなくて。


腫れた瞼に、煩いくらい鼓動が早まる。

目が眩む程の怒りを感じたのは、いつ以来だろう?


馴れ合いなどは今でも嫌いだ。
仲間意識なんて下らないものを持っているつもりもない。

だからこの苛立ちは、決して清麿を思っての事などではない。
俺に勝っておいてこんな姿を晒す、コイツ自身に苛立っているのだ。

「…クソッタレが…ッ!!!」

脱いだ上着を乱暴にかけると、力なく横たわる体を抱き上げ、その軽さに更に苛立ちが募る。

こんなにヒョロヒョロした身体だからナメられて、こんな目に遭うんだ。
いわば自業自得だ。
全て何もかも、コイツが悪いんだ。

(…クソ…ッ!!!)

どんなに心の中で貶してみても、苛々が治まる筈もなくて。
腕の中の細い身体を強く抱き締めながら、ブラゴは家への道を急いだ。


  
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