*episode.over*
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episode.03
とりあえず上半身を起こしてグルリと辺りを見回してみるが、最初に目に飛び込んできた森以外、何もない所に自分はいた。
この仄かな明るさから推測すると、多分今は夜なんだろう。
「えーと……?」
此処に至るまでの経緯を思い出そうとして、ふと気付く。
今日の行動の、一切が思い出せない事に。
それ所か、昨日も、その前の事も思い出せない。
自分の記憶に違和感を感じた少年は、とりあえず思い出せる所から思い出そうと思考を巡らせ、
「……俺、誰だっけ?」
冷や汗と共に、そうポツリと呟いた。
どんなに記憶を探ってみても、家族の顔はもちろん、自分の名前にすら辿り着けない。
(いやいや、待てって!)
流石におかしいだろう、コレは。
見知らぬ場所に独りきり。
自分が誰かも分からない。
そんなの、テレビや小説の中だけの話じゃないのか?
何で自分が、そんなもん体験しなきゃいけないんだ?
思考の海に漂流しかけた瞬間、唐突に感じたのは。
「寒っ!!!」
身を刺す程の、冷気だった。
慌てて自分の姿を見ると、靴すら履いていないではないか。
着ている物も、薄っぺらい長袖のワンピース1枚。
この明るさだから確かではないが、多分色は白。
所々についているシミは、模様ではなく汚れだろう。
そんなどうでもいい分析をしている最中でさえ下がり続ける体温が、コレは現実なのだと告げていた。
――認めたくは、ないけれど。
とにかく暖かい所へ行こうと歩き出すと、小枝や小石が素足を傷付けた。
「だ、痛ッ、ってぇなっ!!!」
何にぶつけたらいいのか分からない怒りは、ひとまず足元の障害物へと向けられたのだった。
***
どれくらい、歩いたのだろう?
鉛のように重たい身体を休ませようと、少年は大木に背を預けて座り込んだ。
平坦な道など無い上に、微かな月明かりだけを頼りに歩き続けたその足は傷だらけで、既に痛みより痺れを訴えていた。
――こんなに長時間歩くのは初めてなのだろうか?
それとも久し振り?
いや、ただの体力不足という可能性もあるな。
どくどく煩い鼓動と速い呼吸が、耳障りでならない。
だってこんなに大きく聞えるのは、俺が一人でいるからだ。
周りに音が無いから、自分の音だけが聞えるんだ。
(…そういや森の中だってのに、虫の一匹さえ見てない)
それに随分長い時間歩いた筈なのに、空の明るさはちっとも変わらない。
――それとも、本当は数分しか経っていないのだろうか。
疲れてるから、寒いから、足が痛いから。
だから長時間歩いたと、俺が勝手に錯覚しているだけなのだろうか。
「……分かるかよ、そんなの…」
時間を知る術など何処にもない。
それにどこまで進んでも、見えるのは代わり映えのしない森の木々のみなのだから。
或いは本当に俺は長時間歩いていて、森の外では陽が昇っているのかもしれない。
月灯りだと思っていたこの光も、実は人工的なもので。
これは俺の記憶を取り戻す為の、何かの実験なのかもしれない。
考えてもどうしようもない事をつらつらと考えていると、鼓動も呼吸も戻ってきた。
落ち着いて深呼吸すると、息を止めて耳を澄ます。
何か、何でもいいから自分以外の音が欲しかった。
誰かがいるのだと。
此処にいるのは、俺一人なんかじゃないんだという、確たる証拠が欲しかった。
――けれど。
どんなに待っても、風の音一つ聞える事はなくて。
「…誰かっ…いねぇのかよっ…!?」
あまりの静けさに恐怖して、思わず出した声はみっともなく震えていた。
ほぼ確信している『孤独』という現実を、どうしても認めたくなくて。
「……れ、か……なあッ!!!誰かいないのかッ!!!」
張り上げた声は、反響するでもなく森に飲み込まれた。
「……ん、だよ……ッ!!」
寒いし、足痛いし。
腹減ったし、喉も乾いたし。
空は暗いし、記憶は無いし。
――俺が、一体何したってんだよ!!!
「誰でもいいから助けに来いよッ!!!ばかやろぉおおおッ!!!!」
思い切り叫んだ声はただ虚しく、足元の草を揺らすだけだった。