short story
□娼女恋歌
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この世のもだとは思えないくらいに、美しいものを見た瞬間というのは、どうして、こんなにも胸が苦しく、切なくなるのだろうか。
私は動けなくなり立ち尽くしたまま、通りすぎる彼の横顔を泣きそうになりながら眺めていた。
嗚呼、これがお姉様達の言っていた恋だというのだろうか。
* * *
しばらく、その場で動けずにいた私は、いつもより遅い時間に芸妓屋に戻った。
「遅いじゃない、撫子!
あんたにだって客くらい付いてんだろ、早く準備しなさい!」
お使いに頼まれていた花を藤姉に渡して、私は仕事用の着物に着替えるべく部屋に急いだ。
花街の奥にひっそりと建ったこの芸妓屋に売られてから、もう、だいぶ長い時間が経った。
幼すぎる私を姉様達は優しく厳しく、育ててくれたのだ。
「藤姉、準備が出来ました」
「お客はすでにお待ちだよ。
あんたを贔屓にしてくれてる、中岡様だからね、粗相のないように」
私は頷いてから、襖の前に正座をして深呼吸した。
藤姉は自分のお客の元へと足早に向かって行った。
「今晩は。撫子です。」
丁寧に襖を開けると、いつものように中岡様が優しく微笑みかけてくれた。