たんぺん2 after091215


□初めてのキス
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「もう〜、一番肝心なカメラを忘れるなんて・・・。」


東京公演に向けてのお稽古最終日。

お稽古も終わり、退団者との別れを惜しみ、帰り支度も整えてロッカーを出ようとしたとき、
デジカメを教室に置いて来てしまったことに気付き、一人、早足に廊下を歩いていた。


普段写真なんて、めったに撮らない私が、ここんとこ色んな写真を撮った。

ユミコの写真だったり、組子の写真だったり、私の写真だったり。
景色なんかも撮っちゃったりして。

それをお手製のアルバムにして、ユミコに渡すつもりでいた。

私らしくないプレゼントかもしれないけど、ユミコが好きな写真を自ら撮って贈ってみたかったんだ。

東京に行く前にはアルバムをある程度仕上げたいのに、まだ、何も出来ていない。

明日は花組を観劇する予定だし、その後も細々と予定が入ってるし・・・。
だから今日『泊りに行きたい』と言ったユミコの申し出を、断腸の思いで断った。

なのに、肝心のカメラを忘れるなんて。


勢い良く歩いていると、ある教室のドアが半分開いていて、その隙間から人影が見えた。


「ユミコ??」


真っ暗な教室に月明かりだけで見えた後ろ姿だったけど、間違えるはずはなかった。

私がドアに近づき顔を覗かせると、それに気付いたユミコが振り返った。


「なんやぁ、チカさんかぁ。」

「こんな真っ暗な教室で何してんの?」

「通りがかったら窓から月が見えて、なんだか懐かしい思い出が甦って感慨に耽ってた。」

「ふ〜ん・・・。」


月明かりに照らされたその笑顔は、何故か切なげに見えてしまう。

私はユミコしかいないこの教室に入り、扉を閉めた。


「まだまだ子供だった頃の思い出。」

「そういえば、新公時代、ここで必死でお稽古したよね。」


私はこの教室でユミコと共にした数々のお稽古を思い浮かべた。

大きな教室が空かないから、ここで何度となくした新人公演のお稽古。
私の大事なバウ初主演のお稽古。
私が主演になってからも、この教室が空いていると、度々ユミコとここでお稽古した。

この教室では、私たちは色んな苦労や喜びを共にした。


「それも、そうやけど、実は・・・、私のファーストキス、この教室でなんですよ。」

「えっ・・・。」


私はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。


「月が綺麗な夜やったから・・・って、あれ??私・・・、爆弾発言してしまった。」


私の衝撃を余所に、ケラケラと笑うユミコ。


ユミコには、私にはわからない色んな思い出があるに決まってる。
でも、よりによってファーストキスを思い出している時に出くわしてしまうとは・・・。

仮にそのファーストキスの相手が私ならいいけど、その相手は私ではないんだから、
その相手が誰かだって気になるわけで。

まぁ、思い当たる人がいないわけじゃない。

でも、今更ヤキモチ妬いてるみたく『相手は誰?』なんて問い正すのもカッコ悪い。
私だってユミコの知らない恋愛をしていた。
だから、ユミコがどんなファーストキスをしていてもいいんだけど・・・。

よりによってこの教室なんて、ちょっとキツイ。



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