たんぺん


□好きだから
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「キムがポンポンすっごい振ってくれてたから嬉しかったよー。」


優しい目を細めて、チカさんがそう言ってくれるから、私も嬉しくって


「すっごい楽しいですよ〜、ポンポン、客席で振るの。」


何も持っていないけど、ポンポンの振りを軽やかにして見せた。



「ユミコなんて、客席で振れるキムが羨ましいって、騒いでたもん。」

「あは。なんか、ユミコさんらしい。」

「ユミコと言えば、蛇、いいでしょ?」

「ホント、なんだかドキドキしちゃっいました。やっぱりお稽古場より衣装とか鬘とかが加わると、すっごく綺麗で・・・。」

「でしょ〜、もう、私なんて本当に翻弄されちゃって。」

「チカさんの兵士も素敵ですよ。」

「いやいや、あそこはユミコに持ってかれてる気がする。」


せっかく二人で話が出来てるのに。
チカさんの口から出るのは自分のことでもなく、私のことでもない。

そんなチカさんを目の前に、
自分がどんな顔をしているのか気になって仕方ない。


「あ〜、そう言えば、帽子。被せてくれてありがとうございます。」


私はもう一度自分が笑顔になれる話を持ち出した。


でも・・・。


「あ〜、その前にユミコとかがアドリブでキムに触れてたしさぁ〜、私もアピールしようかと思ってね。」


笑顔、笑顔。


「ユミコのアドリブも、おっかしかったよね〜。」


これじゃ、ムリだよ・・・。
笑顔は愚か、声すら出ない。


「あれ?そう言えばユミコどこいった?」

「さぁ?」

「ゴメン、キム。また後で・・・。」

「あ、・・・はい。」


私の目の前から去って行くチカさんに、
さっき、客席で間近にみた男役・チカさんの姿を重ねた。


赤いスーツをスマートに着こなして、客席を颯爽と歩く。
そして、白い帽子を脱ぐと、そのまま優しく私に被せてくれた。

サングラス越しでもわかるあの笑顔。
でも、それは舞台人としてのサービスが混じっていることもわかっていた。

だから、ちょっと遠くの存在に思えた。

でも、憧れの人からのそんなサービスは、純粋に嬉しくって。
私の気持ちを高揚させるには充分だった。


そして

今、ここを去って行った素顔のチカさん。

自然な笑顔を浮かべて、私だけを見て話をしていたはずだった。
手を伸ばせば、すぐに捕まえられるほど近くにいたはずだった。

でも、出てくる名前は


ユミコ、ゆみこ、ユミコ。


今のチカさんは、
すぐそこにいる私じゃなくて、心の中にいるユミコさんしか見えていない。


チカさんと、ユミコさんの話がしたかった訳じゃないのに。
素顔のチカさんには、私だけを見て欲しいのに。

それは、遥か彼方にある儚い夢なんだって、
素顔のチカさんは、更に遠くの存在なんだって気付かされる。


痛いよ。
胸が、痛い・・・。


それでも、
チカさんと話がしたい。
チカさんの傍にいたい。

あなたの心がどこにあろうと。


こんな些細な望みのために、どれだけ大きな痛みを耐えなくちゃいけないんだろうか?

他人から見れば、こんなこと、バカ見たいかもしれない。
でも、今の私には、そんな痛みすら愛おしい。


好きだから。

遠くても、叶わなくっても
チカさんが、好きだから。


その想いに比べれば、こんな痛み何でもない。



おしまい

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