mist-word 一周年記念

□グリブル的「美女と野獣」
2ページ/12ページ



 「アタシ、黒の森に行ってくるわ」
 1人の少女が、唐突にそう言いました。

 ここは、黒の森のふもとの村。
 この村の人々は、多くの冒険者が財宝を求めて森に踏み込み、誰ひとりとして、戻っては来なかったことを知っています。
 ですから村人は伝承を語り継ぎ、財宝を求める人々に警告しているのです。
 なのに、この村の少女がそう言い出したため、村の人々は総出で彼女を止めようとしています。

 「ブルー! お止めなさい。いくらシルバーの病気を治すためにお金がいるとはいえ、森に足を踏み入れて生きて戻った人間はいないのですよ!」
 「だったらアタシが、その第一号になるわ」
 「ブルー!」
 「じゃあ。このまま手をこまねいていろとでも言うの!? あの子の病気は、お金さえあれば簡単に治るものなのに!」
 少女の弟は、今、病の床に伏しています。
 そして、お金さえあれば治る、と知った少女は、どうしても弟を治してやりたいと思っています。
 それは姉として当然の感情でしたが、了承できるようなものではありません。
 「あなたはそれで良いかもしれません。でも、残されたシルバーはどう思うでしょう」
 「シルバーは自分を責めて、病気を悪化させてしまうかもしれませんよ?」
 「それに。確かにお金があれば、シルバーの病気は治るでしょうが、別にシルバーの病気は命に関わるものではありません。ですから、」
 「でも――このままじゃ、一生シルバーは起き上がることも出来ないわ!」
 すがりつかんばかりに止めようとする手を振りほどき、少女は叫びます。
 「じゃ、じゃあせめて、レッドたちが帰ってくるまで待てんか?」
 「そうだよ、ブルーちゃん。あのワルガキたちが帰ってくれば、『黒の森の野獣』とはいえどひとたまりもないさ」
 そう言って同調し、にかり、と男が笑います。
 この男の言う、レッドという名の少年を中心としたワルガキたちは、現在、少女の弟の治療費を稼ぐため、出稼ぎに出ているのです。
 その言葉に、他の面々も、得たり、とばかりに頷きます。
 「でもレッドたち、一ヶ月は戻って来ないはずよ?」
 「それくらい待ったって大丈夫だろ? とゆーか、最初っからこうしとけば良かったんだよ」
 「ね? ブルーちゃん。そうしなさい」
 「そうよ。わざわざ危険な手段に出なくったっていいのよ?」
 それらの言葉は少女への心配からなので、少女もそれ以上は反対できません。
 この村は、黒の森のふもとにあるただひとつの村であり、それがゆえに、一攫千金を狙う冒険者たちの物資補給源として機能しています。
 つまり、ある意味この村は、黒の森に住まう『野獣』によって生計を立てている、と言えるのです。
 にもかかわらず、本当は黒の森に財宝の蔵があるかどうか怪しいというのに、冒険者を残らず倒したと思われるその『野獣』を倒そうと言っているのです。
 それは、少女とその弟のことを思えばこそだと分かるだけに、
 「……分かったわ。そうする」
 と答える以外、少女に出来ることはありませんでした。



→続く
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ