mist-word 一周年記念

□シルスイ的「あかずきんちゃん」
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 赤いお屋根の小さなお家。
 煙突からは、甘ーい匂いが漂っています。

 「よし! アップルパイが出来たぞ」
 お母さんは、改心の出来上がりにほくそえんでいます。
 「これならグリーンさんも喜んでくれるだろう」
 お母さんは、おばあさんの喜ぶ顔を思い描き、頬を緩めます。
 「ルビー、ルビー。あたしが届けたげるったい」
 「駄目駄目。サファイアは、まだ書き取りの宿題が終わっていないだろ?」
 上の娘の立候補に、お母さんはあっさり拒否の構えです。
 「グリーンさんのお見舞いば行ったら、ちゃんとやるけん、よかろ?」
 「そう言って、前も宿題放りっぱなしだったじゃないか。――スイ! 悪いんだけど、ちょっとグリーンさんのところへお使いしてくれないか?」
 さっさと上の娘を見限り、お母さんは下の娘に声をかけます。
 「グリーンさんの?」
 「ち、ちびっと待つと! スイは方向音痴やけん、一人で行かせたら絶っっっ対、迷子になるったい」

 そうです。
 下の娘は方向音痴で、一人で行かせるにはかなりの不安があるのは、お母さんも否定できません。
 しかも、おばあさんが住むのは森の奥深くです。
 野生の動物たちしか住んでいないような、そんな位置にある緑のお屋根の小さなお家がおばあさんの住んでいるところなのです。
 ……ええ。かなりの変わり者なのです、おばあさんは。

 「だから、あたしがスイと一緒に、」
 「サファイア。それはさすがに悪いです。私一人で大丈夫ですから、サファイアは書き取りをやっていていいですよ?」
 下の娘は気を遣って言いますが、上の娘にとってはそれこそいい迷惑です。
 「スイ。ちょっと来て」
 ちょいちょい、と手招きするお母さん。
 てこてこ、と下の娘が近づくと、その頭にお母さんは赤いずきんをかぶせました。
 「これでよし!」
 「これでよしって、どーゆーことばい?」
 「これだけ派手な目印つけとけば、きっと誰かが気づいてスイを案内してくれるよ」

 ……ルビー。人気(ひとけ)ばなか森で迷子んなって、誰が助けてくれっと?
 ……ルビー、それって本気で言ってるんでしょうか?

 上の娘も下の娘も、思うことはほぼおんなじです。

 「頭よか奴ぁ、どっか頭ん配線ば常人と違ぉとるゆーんは本当ばい」
 「……ごめんなさい、ルビー。私にはサファイアの言葉、否定できない」
 「何、馬鹿なこと言っているんだ?」
 「バカは、お前のほうばい! それってあり得んじゃろう? グリーンさんは森ん中の緑のお屋根のお家に、たった一人で住んどぉとよ!? そんな人ばおらん場所で、どがい助けば呼べゆー心算や?」
 「このところ、狼撲滅キャンペーン実施中で、狩人たちがあの森にはいるんだ。だから大丈夫!」
 「大丈夫やなか! そげな会えるかどーかも分からん連中、アテばするんはバカたい」
 「馬鹿、馬鹿ってサファイア。君って失礼だよ!」
 「ホントのことばゆって、何が悪か?」
 「馬鹿って言ったほうが馬鹿だ! それに大体、君には言われたくないよ。書き取りもまともに出来ないよーな人に言われるほど、僕は馬鹿じゃないっ」
 「あたしは、書くんが苦手なだけばい! それは頭の良し悪しとは関係なか!」
 ケンカ上等のお母さんと上の娘に、口を差し挟む隙は微塵もありません。
 ま、まあとにかく、ここに、あかずきんちゃんが誕生いたしました。



→続く
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