mist-word 一周年記念

□シルスイ的「あかずきんちゃん」
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 「聞いた? シルバー」
 「姉さん、まさか……」
 「ふふ。ここは先回りして、がっつりいただくのが狼ってものでしょ?」
 甘ーい匂いに(主に姉狼が)誘われて、窓際から様子を伺っていた二人(匹?)の狼。
 「がっつりって……どっちを?」

 アップルパイ or おばあさんと下の娘。

 「両方に決まっているでしょ? 当たり前じゃないの」
 狼だけあって、姉のほうはかなりの欲張りさんのようです。
 青い眼を光らせて言い放つその言葉に、かちん、と弟狼が固まります。
 「だだだ、駄目だよ、姉さん。あの子は食べちゃ駄目だ」
 「……ふうん」
 「確かに、あのマシュマロみたいなほっぺたとか美味しそうかも知れないけどっ、あの子は食べちゃ駄目なんだ!」
 「ちょっ……叫ばないで、バレちゃうでしょ」
 あわてて弟狼の口を手でふさぐ、姉狼です。
 家の中でお母さんと上の娘の騒がしすぎるくらい騒がしい口論が勃発(ぼっぱつ)していなければ、きっと完璧に気づかれていたことでしょう。

 「ご、ごめん……」
 「しょうがないわねぇ。じゃああんたは、あの子の足止めをしなさい。アタシは先回りして、グリーンさんとやらを食べちゃうからv」
 「だ、大丈夫? 姉さん」
 「ヒトを食べるの初めてだけど、空腹は最良のソースって言うし、たぶん美味しく食べられるわよ」
 「……そうじゃなくってさ」
 「分かってるわよ、大丈夫。グリーンさんとやらは病気みたいだからね。いくら空腹で力が入んなくったって楽勝だわ」
 ふさり、と栗毛(明るい焦げ茶)の尻尾を揺らして、あっさりと言い放つ姉狼です。
 おばあさんの家の所在地は、口論中に上の娘がしゃべってしまっています。
 厄介なことに、狼撲滅キャンペーンとやらで狩人がうろついているとのことですが、口八丁手八丁が身上の姉狼にかかれば、さして脅威ではありません。
 実際この姉狼は、今まで何度もそれで危険を回避してきたのです。
 そのような実績があるからこそ、姉狼は胸を張って言います。
 「だから、こっちの心配はしなくていいわ」
 「う、うん。分かった」
 「なるべく長く、引き止めんのよ?」
 この言葉は、デートを楽しんできなさいよ、と同義語だったりします。
 もちろん、人の機微に疎い弟狼が、そんな含みに気づく訳もありませんが。
 「分かったよ、姉さん」
 「じゃあ、行ってくるわね」
 にこり、と笑った姉狼は、足取り軽く行きかけ、
 「がんばんなさいよ〜」
 軽く手を振ってみせてから、再び森に向かって歩いていってしまいました。
 弟狼は、姉狼の激励が何を指していたのか分からないまま、銀色の目をぱちくりと瞬かせます。
 ただただその謎に首を傾げ、後ろ姿を見送るしかありませんでした。


 「いってきます」
 下の娘……いえいえ、これからはあかずきんちゃんと呼びましょう。
 あかずきんちゃんは、お母さんからアップルパイとぶどう酒の入ったバスケットを受け取り、お家を出ます。
 その合間合間にも、お母さんと上の娘との口論は続いていますが、あかずきんちゃんは慣れっこです。
 それどころかあかずきんちゃんの中では、
 (あれはスキンシップの一種)
 と、すっかり割り切られていて、止めるような愚行は犯しません。
 「「いってらっしゃい」」
 口論の最中にあってもアイサツを返してくれるのですから、二人の間でも、そのやりとりはスキンシップの一環と捉えられているのは明白です。
 ……仲の良い家族のようです。



→続く
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