mist-word 一周年記念
□ルビサファ的眠り姫
2ページ/13ページ
この王国の王様は、今か、今かと待ちかねていました。
宮殿の一室の前でうろうろと歩き、時折、部屋から洩れ聞こえてくる苦しげな呻き声に足を止めて不安げに扉を見やり、またうろうろと歩き出します。
そう、もうすぐ待望の御子が生まれるのです。
「オダマキ王。少しは落ち着いてください」
「ああ、そ、そうだな」
大臣の言葉に頷きつつも、うろうろ歩きは止まりません。
完璧、心ここにあらず、状態の王様です。
そんな時、
おぎゃああああ、おぎゃあああああ
「おや。生まれたようで、……王っ!??」
ばたん! と激しい音と共に、出産という女の穢れが残っている部屋へ乱入した王様の後ろ姿に、大臣は悲鳴を上げました。
が、そんな叫びも王様の耳には届いていないようです。
「生まれたのはどっちだ? 男か? 女か?」
「王様。愛らしい姫君にございます」
おくるみに包まれているのは、小さな小さな、生まれたばかりの女の赤ちゃんでした。
しわくちゃの赤い肌に埋もれたその中で、唯一うっすらと開いた蒼い眼が印象的な女の子です。
極上の宝石など腐るほど見尽くしている王様が、その輝きに見とれてしまうほどの、それは美しさでした。
喜び勇んで産婆の手からその子を受け取ろうとした王様でしたが、さすがに外の空気をまとった王様の手は赤子には優しいものではありません。
さり気なく産婆は王様から離れて、
「王妃様にお声をかけてあげてくださいませ。今まで頑張られたのですから」
と、王様の気を逸らすため、そして何より気息奄々(きそくえんえん:息絶え絶え)になりながら立派に出産を果たした王妃への気遣いからの言葉を口にします。
「おお、おお。そうであったな」
足取り軽く、まるで羽でも生えたかのように王様は王妃の許へ向かいました。
「あなた」
「よく頑張ったな。体のほうは大丈夫なのか?」
「ええ。あの子が産まれた喜びで、痛みなんか吹っ飛んでしまいましたわ」
くすくすくす、と嬉しげに笑う王妃の姿に、王様は安堵の息をつきます。
廊下まで、途切れ途切れではありましたが聞こえる苦痛の呻きに、王様は子供なんてもういいから王妃の苦痛を取り除いてくれ、と声を上げそうになったのを何度こらえたことでしょう。
難産で、二日も陣痛の只中にあったのですから、王様の焦りは仕方のないことでした。
そんな事実がありましたので、ほんの少しの後ろめたさは消えなかったのです。
「あなた。この子の名前、もうお決めになりました?」
「ん。今決めた。サファイアだ。この子の目は、極上のサファイアよりなお美しいからな」
「サファイア……。オダマキ・サファイア――いい名前ですわ」
「そう言ってくれるか? じゃあ早速、我等がいとし子サファイアのお披露目会を開かなくてはな」
うきうきと計画を立て始める王様に、大臣は慌てて、
「王! 御子のお披露目は、産まれて三月(みつき)というしきたりがっ」
「まことか!?」
「はい。ですから、三月待ってください」
「分かった。三ヵ月後の今日だな?」
盛大なものにするぞ! と意気込む王様は、ほぼ無敵でした。
国家予算が傾きそうなほどの王様立案のお披露目計画に、大臣は身も細る思いです。
……すっかり親馬鹿になってしまった王様でしたが、自分の提案が悲劇の発端になるなどとは、思いも寄らないことでした。
→続く