mist-word 一周年記念

□アスカガ的人魚姫 ボツver
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2.陸の王子と海の守護者の出会い


 その夜、海上にはオーブ王国の大型船が浮かび、そこでは王子の誕生を祝すための大々的なパーティーが開かれていた。


 「……まったく。わたしは嫁など娶らんぞ」
 自国や他国の貴族の娘たちを押し付けられ、うんざりして逃げてきた王子は、甲板のヘリに身を委ねながら呟いた。
 「だいたい、まだキラが戻っていないというのに、不謹慎だ」
 5年前の、今日。
 半身と引き裂かれ、無様に地に伏したあの時の屈辱と慟哭は、王子の脳裏にしっかりと焼きついており、自分に幸せなど掴む権利はない、と思い極めていた。
 本来なら、このパーティーも止めさせる心算だった。
 だが、国の安泰を他国にアピールするためには派手派手しい演出が必要で、その手段として「王子の誕生日」は良い口実となるだろう。
 また、5年前の出来事のせいで混乱した、自国の回復をもアピールできるのだ。
 だから仕方なく了承したのに、これでは嫁探しのパーティーじゃないか。
 事情を知っている人間はほんの一握りだから、このような機会に王子の妻に――それが叶わなくとも、愛妾に自らの娘を据えさせよう、と思うのは分からない心情ではないが。
 ふう、とため息をもうひとつ、落とす。
 船の中から聞こえるパーティーのざわめきは遠く、その喧騒から離れたここは、まるで別世界のよう。
 王子という重い体面を脱ぎ捨てて、ただの一個人としていられる唯一の機会だ。
 そう思えば、今日のこの日も良かったと、考えられるだろうか?
 益体もない物思いにふけりながら、夜空に浮かぶ三日月を見上げ、それが翳ってきているのを見つめた王子は、
 「? 風が、速い……?」
 上空を駆ける暗雲の速さに目を瞬かせ、船の揺らぎから波も荒立ち始めているのを感じ取った。
 肌をかすめる風自体は、熱気に当てられていた身には心地よいのだが。
 それでも、それなりに強く、また潮風とは違う湿り気を帯びている。
 海上の風でも強いと思えるなら、上空の風はさらに強いだろう。
 そして碇が沈めてあるから、体感できる船の揺らぎは本来より少ないはず。
 その事実を踏まえ、実際の風の強さと波の荒立ち具合を予測し計算に入れると、はじき出される答えは――
 「まさか。この時期に……嵐だと?」
 呟く王子の黄金の髪が、ごう、と音をなして通り抜ける風になぶられ、空を舞った。


 その同時刻。
 人魚であり、ZAFTの紅服でもあるアスラン=ザラは、もうすぐ来る嵐を待ちかねていた。
 そして、破船するだろう大型船へと、近づく。
 彼女にとっては陸の者の生き死になど二の次でしかなく、その船が落とすだろう機械にのみ関心が向いている。
 いや、そうではなく――向いていた、というべきだ。
 大型船の甲板に立つ、月よりもまばゆい黄金の髪を持つ人間の男を見るまでは。
 「綺麗だ……」
 夜空にちりばめられるように、風になびく黄金の髪。
 上空を見据える琥珀の目は、まるで伝え聞く物語りの騎士のような鋭さと理知さを秘めていて、アスランの胸を高鳴らせた。
 もっと見たい、と思った彼女の思いに反し、その人間の男は身を翻して船の中へ入っていってしまった。
 そしてしばらくして、嵐が到来し――大型船は座礁した。
 嵐が来れば、水の中に入って過ぎ去るのを待つのが常なのに、今のアスランにはそれが出来なかった。
 (あの人は!? このままいなくなってしまうのか……!?)
 初めて陸の者の命を、アスランは惜しんだ。
 このような場合、嵐が去ったのを確認し、その後で生きている陸の者がいるのなら、海洋の生き物(主にイルカ)に命じて助ける、という手順を踏む。
 それは、ZAFTとしての仕事の一環。
 だから破船した船の乗員を救助するのであり、アスランもそれは変わらなかった。
 しかし今のアスランに――嵐が去るのを待つだけの冷徹さはない。
 黄金の髪を持つあの男の指示でか、嵐の到来の初期に、大型船の甲板に多くの着飾った男女が現われ、次々と救命ボートに乗り、陸に向けて避難してゆく。
 (これなら、助かる?)
 そう思いつつ見守っていたが、あの男は甲板で指揮するだけで、なかなか救命ボートに乗ろうとしない。
 「早く逃げろ! もう、嵐が……!」
 叫んだ次の瞬間、今までにない激しい波に大型船が煽られ、転覆した。


 甲板から放り出された王子は、だぽん、と自分の体が海中に沈むのを感じた。
 (わたしは……死ぬのか?)
 船に乗っていた者たちは、ほぼすべて救命ボートに乗せた。
 あとは各自の運次第ではあるが、それでも海に飲み込まれつつある王子より生存率は高いだろう。
 (わたしの誕生日は、呪われているな……)
 走馬灯のように、5年前の誕生日に起きた悲痛な出来事が脳裏に浮かぶ。
 (キラ……ごめん、お父様、ごめんなさい。わたしは――――)


 海の中でさえ、そのまばゆい黄金の輝きは翳まない。
 (届け……!)
 アスランは、ただただ手を伸ばす。
 闇に沈んでゆくように見えて、恐怖で身が竦みそうになるのを叱咤しつつ。
 (捕まえた!)
 水のたゆたいの中、自分の手で捉えた存在感にアスランは頬を緩ませたが、陸の者が海では呼吸できないことに気づき、あわてて浮上する。
 嵐は海上を去ったようで、雲の切れ目から月明かりが海を照らしていた。
 仕立ての良いタキシードに包まれた男の顔は、近くで見ると、どことなく気品のある端正なもので、黄金の髪がそれを縁取り、まるで物語りの王子様のようだ。
 ざわざわと、胸の奥が騒ぎ立つ。
 この陸の者を見つめるだけで、軍人として制御されているはずの感情が揺らぐ。
 いつの間にか心に宿った、この陸の者の傍にずっといたい、という思い。
 しかし、これからこの陸の者をそのあるべき場所に返し、自分は海の王国へと戻らなければならないのだ。
 願望と義務の間で悩むアスランの腕の支えで、浮かんでいた陸の者が身じろぐ。
 「う……っ」
 「だ、大丈夫か?」
 思わず声をかけてしまったアスランの、その声に反応して琥珀の目が現われる。
 間近で見た琥珀の瞳の、その美しさに絶句した。
 「い、生きているんだな、わたしは」
 驚きと歓喜に彩られた明るい笑顔が、アスランへと真っ直ぐ向けられた。
 「お前が、わたしを助けてくれたんだな? わたしの名は、カガリ=ユラ=アスハだ。お前は?」
 「あ、アスラン=ザラ」
 「そうか。お前はわたしの命の恩人だ。もしオーブに来ることがあったら、王宮に顔を出してくれ。力の限りもてなしてやる」
 約束の証だ、とカガリは、赤い石のついた首飾りをアスランの首にかけた。
 そして、マジマジとアスランを見つめて、
 「お前に良く似合ってるぞ。とゆーか、その服といいハウメアといい、翠の目と紫紺の髪が、こんなに赤に映えるっていうのもスゴイなぁ。美人だからか?」
 にこり、と笑ったカガリの笑顔と言葉に、アスランの顔は真っ赤に染まった。




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