『さらす』

 さらすという行為は、罪に対する処罰として広く行われていた。一見、どうということのない処罰のように思えるが、実はかなり過酷な刑罰であった。さらす方法によって大きく二種類に分けられる。
 一つは犠牲者を(ほぼ)完全に拘束し、身動きの取れない状態にしてさらす方法で、この場合まったく抵抗できない状態で民衆の前にさらされることになる。そのため、民衆によるリンチを受けて重傷を負ったり、最悪の場合にはそのまま殺されてしまうこともある。また、リンチを受けなくても、自力で飲食が出来ない状態になるため、飢えや渇きのために死に至ることもあった。一種の死刑とも言える。
 もう一つは、比較的緩い拘束を行った上で、罪状を示す『何か』を身に付けさせる方法である。こちらは比較的リンチなどによる死の危険性は少なく、軽罪に対して行われる。しかし、古代〜中世では人々の生活圏が狭く、自分が罪人であることを多くの人間に知られてしまうさらし刑は現代の我々が考えるよりはるかに過酷なものであった。多くの場合、その後の生活に大きな支障をきたし、場合によっては死刑と大差ない状態になることもある(例えば、飲食店の入り口に『食中毒を起こしたことがあります』という貼り紙がしてある状態を考えてみると良い。しかも、当時は転職がほぼ不可能であり、他の街への移住も非常に難しい。実質的に、収入の手段を断たれることにもなりかねないのだ)。
 さらし刑自体は世界中で行われていたが、器具の種類としてはやはりヨーロッパが中心で、それ以外の地域では基本的にさらし台や吊り籠ぐらいしか見受けられない。特に日本の場合、さらす場合でも特に台などは用いず、単純に縛った犠牲者のそばに罪状を示す高札を立てるだけで放置することが多かったようだ。

<さらし台>恥辱 処刑
 拘束型のさらし刑を行う際にもっとも基本となるもの。手かせだけのもの、足かせだけのもの、両者が複合したものなどがあるが、基本的な用法はすべて同じ。要するに、犠牲者の手または足(あるいはその双方)を拘束し、身動きの取れない状態にして街の広場などにさらすのである。
 さらされる期間は罪状によって様々だが、長期間のさらしはほとんど死刑と同義であった。短期間の場合でも、多くの人に自分が罪人であることを知られてしまう上、さらされている間に様々な暴行を加えられることも多く、その後の生活には確実に支障をきたす。

<酔っ払いのマント>恥辱
 樽の底に頭が通るくらいの穴を開け、側面に腕を通す穴を開けたもの。主に大酒飲みに対する罰として使用されたもので、これを被せた上で街を歩かせるか広場に立たせておくかする。
 衣装型のさらし刑ではあるが、樽というのは意外と重く、身体的な苦痛もかなりのものだった
 変化形として、樽の底に足を通す穴を開けて対象に着せる場合もある。この場合、自分の糞尿が樽の内部に溜まり、陰部から腹の辺りを浸すことになる。それによる不快感や恥辱はもちろん、汚物に触れていることで感染症を引き起こしたり、季節によっては糞尿にたかる蝿が犠牲者の腹部などに卵を植えつけ、ウジによって皮膚を食い破られたりするために死に至ることもあった。

<がみがみ女の仮面>恥辱
 衣装型のさらし刑に用いられる器具の一つ。その名の通り仮面で、その表面にはブタの鼻、ロバの耳、だらんとたれさがった大きな舌、大きく見開かれた目といったパーツが取りつけられている。裏側には口に当たる部分に鉄製のへらが取りつけられており、被せる時にはこのへらを犠牲者の口の中に押し込み、舌を押さえてしゃべれないようにした。
 これを使用されたのは口うるさい女で、表側の装飾は辱めるためと罪状を示すためのもの。これを付けた状態ではしゃべることは出来ないし、飲食も不可能なため犠牲者は飢えと渇きによって苦しめられる(もっとも、これはたいていのさらし刑に共通するが)。

<口やかましい女のバイオリン>恥辱
 首かせと手かせが一体化したもの。バイオリンを象ったかせに、首を通す穴と手首を通す穴とが三つ縦に並んでいる。はめられた時の姿勢が男性器を握り、口にくわえようとしている姿を摸しているとも言われるが確証はない。これだけでは口を塞ぐ機能がないので、ギャグと併用されたものと思われる。
 がみがみ女の仮面と同じく、女性専用の器具。なお、これらを使用された『がみがみ女』とは主に夫の言葉に従わない妻や噂話ばかりしているような女性のことである。当時の考え方では女性というものは独立した人間ではなく、夫もしくは父に従属する存在だと考えられていた。極端な場合では、単に子供を産むための道具とみなされていたこともある。その為か、女性専用の拷問器具というのは結構多く、その多くは軽罪に対しても容赦なく用いられた。

<戒めのネックレス>恥辱
 拷問器具というよりは、さらし刑を行う際にその罪状を示すために用いられるもの。名前の通りネックレス状の器具(?)で、それぞれの罪状に対応した飾りが付けられ、多く用いられる物には異称が付けられていることも多い。
 不信心の罰に対応するのは木製の大きな十字架付きのネックレスであり、『不信心者のネックレス』とも呼ばれる。これは軽度の(礼拝を怠けるなど)場合に用いられ、重度の場合は異端審問にかけられることになる。これ以上怠けると重罪に処すぞ、という教会からの警告としての意味あいが大きい。
 『いかさま賭博の鎖』、『道楽者のネックレス』などと呼ばれるのは賭博好きな人間に用いられる物で、カードやサイコロを摸した木製の飾りがいくつも連なっているというもの。
 他にも、大酒飲みならば酒樽の模型、過度の喫煙者は煙草の模型、天秤をごまかす商人には天秤に用いる錘や硬貨の模型などを首にかける。単独で用いるのではなく、さらし台と併用されることが多い。ちなみに、装飾品はかなり重く、さほど凶悪な物ではないとはいえ付加刑としての意味あいも持つ。
 変化形として、ネックレス状にして首にかけるのではなく、頭の上に乗せる場合もある。例えば、アメリカでは質の悪いパン屋の頭の上にパンを乗せてさらす、などということが行われていたようだ。

<騒々しい人の笛>恥辱 拷問/単独
 縦笛を摸した器具で、変形の指締め器でもある。笛の本体の端には輪がついており、これを首にかけて用いる。笛の側面には指締め器と同様の働きをする棒が付けてあり、首に輪をかけられた犠牲者の指をこれで締め上げると丁度笛を両手で持って演奏しているような姿になることからこの名前がついた。
 指締めの度合は指を抜けなくする程度から骨を砕く程度まで様々に調整できる。

<藁製品>恥辱
 通常は藁で編んだ冠(子供が花で作るような物)だが、服のように仕立てたりネックレス状に加工することもある。重さはごく軽く、肉体的な苦痛はまったく与えない。その意味では、もっとも『恥辱を与える』という目的に特化した器具だといえる(これを器具と呼べるかどうかは微妙な所だが)。
 これを用いられるのは、未婚で妊娠したカップルである。当時は婚前交渉は罪であるとされ、未婚でありながら妊娠したカップルは結婚式の際に通常のベールやドレスではなく藁で作った衣装を身にまとわねばならなかった。藁製品を用いる代わりにドレスの裾をズタズタに裂く、などといった方法で二人の罪を告発する場合もある。
 なお、これは既に婚約済みの場合に用いられ、婚約をしていなかった場合は姦通罪を適用されて死刑となることが多い。

<吊り篭>恥辱
 さらし刑の場合、民衆によるリンチや長期間のさらしによる餓死などが起きるのは良くあることであったが、吊り篭、もしくは檻と呼ばれるこの器具は最初から犠牲者を餓死させる目的で用いられる。
 名前の通り、人間一人が入れるぐらいの篭で、この中に犠牲者を閉じ込めて高く吊るす。高い位置に吊るされるために民衆のリンチを受ける危険性は少ない(とはいえ、石を投げたり長い棒でつつかれたりすることはあったようだ)が、飢えと渇き、あるいは夏場であれば直射日光の熱、冬場であれば冷気などの理由で死ぬまで犠牲者がこの篭から出ることは出来なかった。
 最も初期のものは変哲もない普通の檻や篭で、これは世界中で見られる。ヨーロッパではこれが更に発展し、人間の形を象った檻が一般的なものとなった。これは完全に全身を拘束してしまい、身動き一つ出来ない状態で犠牲者は緩慢な死を迎えることになる。

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