忍ぶる恋
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忍術学園の塀をよじ登り、侵入しようとする1人の忍がいた。
そこに駆け寄る2人の男女。
「ちょっと〜!入門表にサインしてくれないと入れませんよー!!」
「え、えぇ!?」
見つかったことにも驚いたが、小松田のセリフに忍はさらに驚く。
とりあえず流れで入門表にサインをしたが、もう1人の女、加弥乃にもバインダーを差し出された。
「ついでに出門表にもお願いします。」
「?は、はぁ…。」
サインを書き終わった忍は身を潜めようとしたが、顔面ギリギリを手裏剣が通りすぎる。
「ひぃ〜!?」
「出門表にもご記入頂いたことですので、曲者は即刻退場をお願いします。」
加弥乃は手裏剣を構えてそう言い放った。
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「あ、また誰か飛んでった。」
外で遊んでいた乱太郎が弧を描いて学園の外へ飛んでいく人影を、まるで流れ星でも見つけたかのように指さす。
「これで5人目だぜ。」
「加弥乃さん大変そう。」
きり丸としんベヱも空を見上げる。
今までの忍術学園は、へっぽこ事務員の小松田秀作が入門表へサインさえ貰えれば、曲者でも侵入を許可していた。
しかし、加弥乃が事務員として働いてからは曲者にはその場で出門表にもサインさせ、その場で返り討ちにしているのだ。
「「「平和だね〜。」」」
ーートントン…
その時誰かが門を叩く音が聞こえた。
加弥乃と小松田は違う場所で曲者を追い払っていたので今この場にいない。
代わりに乱太郎達が門を開けることにした。
「やぁ!」
「「「利吉さん!!」」」
山田伝蔵の息子、山田利吉だった。
利吉は時々忍術学園を訪れては情報共有したり、伝蔵に母からの伝言を伝えたり、普通に遊びに来たりもする。
「えっと…小松田君は?」
いつもならすぐに入門表を持った小松田が来るはずが来なかったことに疑問を持ったようだ。
「今、曲者が来たので追い払ってるところです。」
「え!?小松田君が!?」
「違いますよ。
小松田さんにそんなこと出来るわけないじゃないっすか〜。」
「加弥乃さんが追い払ってるの。」
「加弥乃…さん…?」
すると、利吉の名を呼びながら小松田が走って来た。
その後ろには利吉の知らない女が1人いる。
「利吉さ〜ん!入門表にサインお願いしまぁあぁぁぁ!!??」
入門表を頭上に掲げて走っていた小松田が落とし穴に落ちて姿を消した。
「「「あーあ…。」」」
「やれやれ…。」
忍たまの3人と利吉はその光景に呆れる。
「小松田君…。」
「す、すみませ〜ん…!」
加弥乃も呆れながら引っ張り出すために小松田に手を差し伸べる。
しかし、利吉がその手を止めた。
「女性が男1人を引き上げるのは大変でしょう。
ここは私が…。」
「は、はぁ…。」
利吉の紳士的な態度に少々戸惑う。
利吉が小松田を引き上げている間に加弥乃は乱太郎達から利吉は伝蔵の息子だと話を聞いた。
「ありがとうございます〜。」
「まったく君は…。
毎日彼女にこんな迷惑かけているんですか?」
「いや〜、ははは…。」
「小松田君がこんなによく落ちるようになったのは私のせいだと思うので、あまり責めないでください。」
加弥乃が来てから天才トラパーの綾部喜八郎はいつにも増して落とし穴を仕掛けている。
ただでさえ落ちやすいのに、加弥乃とともに事務員の仕事をしているせいで小松田は落ちる回数が増えているそうだ。
「でも、何故あなたが忍たまに狙われているのですか?」
「私は間者だと疑われている身なので。」
「え…?」
困ったように微笑む加弥乃に利吉は驚き、理由を聞こうとしたが吉野に呼ばれた加弥乃を呼び止めることが出来なかった。
「そういうことでしたか…。」
利吉は伝蔵に加弥乃がこの学園に来た理由、忍たまに警戒されている理由を聞いた。
「利吉、お前は彼女のことどう思う?」
「…ただの直感ですが、悪い人ではなさそうに思いました。
無理に忍たま達と仲を深めようとしている感じでもないので、山彦の術では無いかと…。
父上達は既に天唾の術を行ったのではないですか?」
利吉の言う通り忍術学園では既に加弥乃の山彦の術を疑い、それを確かめるために教師達により天唾の術が仕掛けられた。
しかし、加弥乃やシャグマタケに目立った動きがなかったため、山彦の術という線はほとんど消えたらしい。
「生徒達にも伝えたんだが、如何せん上級生は警戒心が強くてな。」
「ははは…なるほど…。
ですが、きっと大丈夫ですよ。
1年は組の生徒があんなに懐いているのですから。」
利吉は外で加弥乃の仕事にちょこまかついて回る1年は組の生徒達を見やる。
加弥乃はとても愛想がいいとは言えないが、子供達にしかわからない何か惹かれるものがあるのだろう。
「そうだな…。あの子達と半助が彼女を信用する分、私は警戒をしなくてはな…。」
伝蔵はもっと流行りの化粧品のことなど女子トークがしたいと残念そうな顔をする。
伝子を想像した利吉の顔は引きつった。
「では、父上が疑う側であれば私は安心して彼女と会話が出来ますね。
歳も近いようですし。」
「おいおい、そこは父に協力してくれるんじゃないのか!?」
苦笑いしながら利吉は失礼しますと言って逃げるように部屋を後にした。
外を歩いていると何やら騒がしい。
気になってそちらに足を向けてみれば、加弥乃が侵入してきた忍と戦っているところだった。
1年は組は少し離れたところでその光景を見学している。
「何だよこの女…!」
「事務員だよ。」
相手の苦無を自分の苦無ではじき飛ばす。
男は一瞬怯むが周りの1年は組が視界に入り、標的をそちらに向けた。
急に自分達に向かって飛んできた数枚の手裏剣に1年は組の生徒達は対処出来ず逃げ遅れた。
『うわぁぁぁ!?』
1年は組の前に加弥乃が立ち塞がり、持っていたバインダーを盾に手裏剣を受け止める。
「…。」
「ヒッ…!?」
加弥乃が殺気を込めた目で相手を睨むと男は恐怖で固まる。
その隙に加弥乃は点火した焙烙火矢を男に投げつけ、男は爆発で学園の外へ吹っ飛んでいった。
『おぉ〜!!!』
「いや、感心してないで君達はもっと危機感を持ってよ。」
呑気な歓声と拍手に加弥乃は思わずつっこむが、1年は組の生徒達はにっこり笑った顔で加弥乃を見つめる。
「いや〜…」
「だって」
「僕達が危険になっても」
「強い事務員さんが」
「守ってくれるじゃないですか!」
「ねー!」
『ねー!!!』
その言葉に目を丸くして驚く。
「…私だっていつも守れるわけじゃないんだから、ちゃんと自分達で対処出来るようにするんだよ?
君達は忍たまなんだから。」
そろそろ授業が始まるから教室へ戻るように言えば素直に教室へ向かう子供達。
誰もいなくなると加弥乃はその場にうずくまる。
様子を見ていた利吉は加弥乃が怪我をしたのかと思い、駆け寄ろうとしたがその足を止めた。
加弥乃が膝に埋めていた顔を上げると、その顔は照れているのか真っ赤だったのだ。
「ぶっ…」
「だ、誰!?」
思わず吹き出した利吉は、加弥乃が山彦の術を使っているとは思えなかった。
「(あなたとは良い友人になれそうだ。)」
そう思いながら利吉は加弥乃の前に笑いながら姿を現した。
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