忍ぶる恋

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ある日の図書室。

当番である2年の能勢久作のもとに、当番交代のため図書委員会委員長の中在家長次がやって来た。

当番の引き継ぎをしていると図書室の戸が開き来客が訪れる。


「返却に来たのだけれど…。」


本の返却に来た加弥乃の姿を見た久作は驚いて一瞬強ばる。

それに気付いた長次は久作の代わりに加弥乃から本を受け取り返却の処理を行った。

その時、長次の動きが止まったことに久作は気付き、長次がじっと見つめる手元の本を見る。


「あれ…その本…」


加弥乃から返された本を見て、久作はあることに気付いた。

その本は糸が切れかかっていたので修復しなければいけないと思っていたはずの本だ。

しかし、今長次の手にある本はほつれなど無くキレイに綴じられている。


「緩くなっていたから修復したのだけれど…駄目だったかな?」


正直久作は驚いた。

図書委員以外で本の修復をしようとする生徒は久作の知っている限り今までいなかったのだ。

しかもかなりキレイに修復されている。

長次も同じことを思っていたのか、修復された本をじっと見つめていた。


「もそもそ…。」

「ん?」

「あっ…えと、中在家委員長は丁寧に修復していただきありがとうございますと仰っています。」


長次の隣にいて言葉を聞き取れた久作は慌てて加弥乃に通訳をした。


「どういたしまして。
また何か借りてもいいかな?」

「ど、どうぞ…!」

「ありがとう。」


無表情だがどこか柔らかい雰囲気の加弥乃に久作は拍子抜けした。

間者だと疑われているプロの忍だからもっと冷たい人物だと思っていたのだ。


「…あの人は大丈夫だ…もそ…。」

「え?」


一言呟いた長次の言葉を聞き返そうとしたが、ここは図書室。

私語厳禁だ。

真面目な久作は長次に話しかけず、先程の言葉を考えた。


「(あの人は大丈夫…。
中在家先輩は俺があの人のことを警戒していることに気付いてそう仰ってくれたのか…?)」


何の本を借りようか本棚を凝視している加弥乃をちらりと見やる。

は組の時友四郎兵衛は助けられたことや加弥乃のことをすごいと話していたし、同じクラスの川西左近もたまに話題に出していたはずだ。


「(別に悪い人では無いのかもしれないな…。)」


そう久作が結論を出したところで見計らっていたのか長次が当番の引き継ぎの続きを促した。


「あ、はい。
実は返却期限の過ぎているものがいくつかあります…。」


数枚の返却カードを出すと隣から不気味なオーラを感じた。

言わずもがな返却カードを見つめて笑う長次だ。

これはまた返却の催促に行くのだろうと久作が顔を引き攣らせていると、2冊の本を持った加弥乃が戻って来た。


「この2冊をお願いします。」

「は、はい!」

「……彼は何故怒っているの?」

「実はかくかくしかじかで…。」


久作から話を聞いてなるほどと納得した加弥乃が返却カードを覗き込むと、見覚えのある名前があった。


「半助先ぱ…土井先生のこの本、返却すると言って授業のプリントと一緒に持っていたよ。
あと、善法寺君のこの本はさっき保健委員会で使っていたし、竹谷君は伊賀崎君に返してもらっているのを見かけたよ。
あとは…」


次々と返却期限の過ぎた人物とその本について話す加弥乃に長次も久作も目を見開いた。


「…だからこの人達は早めに返却に来るんじゃないかな。
…どうかした?」


十数枚あった返却カードの内の半分以上について話し終わると、加弥乃は固まる2人に首を傾げた。


「どうかしたって…え!?
全部覚えてたんですか!?」

「これでもプロの忍だからね。
記憶力はいい方だよ。」


本を2冊受け取りながらさらりと言い放った加弥乃に、久作は記憶力がいいどころの話じゃないと内心ツッコミつつ、間者だと疑われるほどのプロの忍であることを改めて思い知った。


「七松君の未返却の本のことだけど……本人から直接聞いてね。」

「直接とはどういう…」


久作はよく意味がわからいと加弥乃に聞き返しかけたところで、図書室の扉が勢いよく開く。


「加弥乃ちゃん!!!
…あれ?また逃げられたか!!
なははは!!!」


現れたのは6年ろ組の七松小平太だった。

小平太が現れる直前に加弥乃は姿を消し、逃げたようだ。


「よーし!!今度こそ捕まえるからな!!!」

「小平太…。」


再び走り出そうとした小平太を止めたのは不気味に笑う長次だ。

その手には小平太の期限の過ぎている未返却カードが数枚、手裏剣を打つ時のように構えられていた。


「ふへへ…ふへへへ…。」

「長次待ってくれ!!
私は今加弥乃ちゃんを追いかけるので忙し…」


問答無用で長次が小平太に返却カードを手裏剣のように打ち始めた。

逃げる小平太、追いかける長次。


「(中在家先輩を使って七松先輩を止めるなんて…)」


その様を見て久作は納得した。

四郎兵衛が言っていた通り、加弥乃はすごい人なのだと…。





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