人魚夢想曲

□.
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「いや〜、新野先生がちょうど町へ来ている時でよかったよかった!!」

「恐らく疲れが溜まったのでしょう。
お話を聞くと、喋れないことが随分負担になっているのではないかと思いますね…。」

「そうだよなぁ…声を上げて笑ったり、怒って怒鳴ることも出来ないんだよなぁ…。
可哀想になぁ…。」

「お、お頭…泣かないでくださいよ…。」


半分覚醒した意識の中で3人の話し声が聞こえた。


「(第三協栄丸さんと…鬼蜘蛛丸さんと…知らない人…)」

「おや、目が覚めましたか?」


奏の寝ぼけ眼に、タレ眉の優しそうな男性が目に入った。


「奏!大丈夫か!?
お前無理してたんだろ〜!!
仕事はいいから今はゆっくり休め!な?」


第三協栄丸が頭をぽんぽんと撫でると、奏は大人しく再び瞼を閉じた。

鬼蜘蛛丸によって新しく濡らした手ぬぐいが額に置かれる。


「よく状況がわかっていないようですね…。」

「なーに、これでゆっくり眠って休んでくれるならいいじゃないか!」

「それもそうですね。」


第三協栄丸は再び奏の頭を撫でると、帰る新野を見送るために鬼蜘蛛丸と共に部屋を後にした。






「奏ちゃん…君の声は…いいや君は僕だけのものだ…!!!」

「い、嫌っ…!!!」


刃物を持った男から逃げる奏は躓き転んでしまう。

誰かに腕を引っ張られ、立たされると腕を壁に押さえつけられる。


「姉ちゃんは高く売れそうだな〜」

「ひっ…!!」


刀を持ったみすぼらしい格好の男に舐め回すように見られる。


「奏ちゃん…奏ちゃん…」

「お楽しみの時間といこうや…」

「(いや…来ないでっ…!!!)」


いつの間にか声は出なくなっていた。

奏は絶望する。


「(何で…何でこんなことに…。
私は…ただ歌いたかっただけなのに…。)」





ポロポロと流れる奏の涙を拭う。


「泣くほどうなされて可哀想にねぇ…。」


頭を撫でると奏はゆっくりと目を開けた。


「あれ、起こしちゃった?」

「(誰…?)」


誰かがいることはわかるが暗くて顔も服すらもわからない。


「南蛮から来た君に会いたいって人がいてね…君を招待したいところなんだけど、そんな体調じゃあ話し合うことすら難しそうだね…」


聞き覚えの無い声に余裕のある話し方、奏は兵庫水軍の誰でもないと判断し飛び起きた。

まだ頭はクラクラし、体も動かしづらくてうまく立てないが謎の男から座ったまま後ずさって距離を取る。


「(だ、誰この人…!?)」

「そんなに怖がらないでよ。
別に取って食おうって訳じゃないんだし。
今日は君に会いたがってる人がいるってことだけ伝えようと思ってね。」


男が一歩近付き、奏も後ろへ後ずさる。

障子に近付いたことで月明かりで男の黒い足袋だけが見えるようになった。


「まぁ、私は南蛮から来た君より………






未来から来たって言う君の方に興味があるかな…。」





「っ!?」





一瞬息が止まった気がした。

目の前の人物は危険だと頭の中で警報が鳴り、奏は後ろの障子に手をかけ転がる様に外へ飛び出した。


「証拠はちゃんと消しておかなきゃ駄目だよ。」


部屋を飛び出す直前、耳元でそう囁かれた。

外へ出て振り返った時には男の姿は無く、奏の布団だけが視界に入る。

鳥肌が立ち、心臓はバクバクと鳴り、自分でも驚くくらいガタガタと震えていた。


「(何?消えた?どこ行ったの?誰?何で知ってるの?)」


奏は膝を抱えて蹲る。


「(嫌だ…怖い怖い怖い怖い…)」

「奏…?」


びくりと肩が揺れ、そっと顔を上げると灯りを持った義丸がこちらへ歩いて来た。


「こんな所で蹲ってどうした?」

「(よ、しっ…義丸さっ…)」


奏は涙をボロボロ流しながら義丸の袖にしがみついた。

尋常じゃない奏の怯えように何かあったことはすぐにわかったが、奏は喋れないので聞き出すことが出来ない。

とにかく落ち着かせるため奏の背中をあやす様に叩く。

開けっ放しになっている奏の部屋に視線を向けた義丸は目を見開いた。

そこには、奏が井戸で落としたままになっていたはずの紙の束と筆がキレイに置かれていたのだ。

奏が倒れた後、思い出した義丸が拾いに行ったが井戸には無く、誰も拾っていないと言っていた。

部屋に置いてある紙の束とは別に一枚の紙が隣に置かれている。

それは先日奏に金平糖をあげた時の会話の紙だった。

“未来”という文字が目に入り、義丸は顔をしかめた。





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