十人十色

□.
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12.5


へし切長谷部は悩んでいた。


「(これは新しい主宛ての荷物…。
持って行くべきか…いや、しかし…。)」


いつもはこんのすけが移動用空間を使って審神者の部屋まで運んでいるはずの荷物が今日はまだ玄関に置いてあったのだ。


「(そう言えば三日月が今日はこんのすけがいない日だからと言って出陣を渋っていたな…。)」


最近の三日月宗近はこんのすけがいない日を狙っては審神者部屋へ通っているらしい。

小狐丸もよく通ってはこんのすけと言い争いをしている様子をよく目撃されている。

新しい審神者が来てからしばらくたつが、先代のような無茶な出陣は無く、軽傷でもすぐ手入れされ、刀装も毎回しっかり持たされている。

未だに姿を見せようとしない審神者を気にし始めている刀剣は長谷部だけでは無いだろう。

粟田口の兄である一期一振は人間である新しい審神者をとても警戒しているが、弟の1人の五虎退が審神者に会いたいとついこぼしていまい揉めていたのはまだ記憶に新しい。

その五虎退も兄弟達にはバレないようにしているが、一度新しい審神者に会ったらしく嬉しそうな顔をしていた。

今度の主なら大切にしてくれるかもしれない。

頼ってくれるかもしれない。

誉めてくれるかもしれない。

そんな思いがへし切長谷部の中には芽生えていた。

そして、気が付けば玄関の荷物を持って離れへ向かって足を進めていた。


「?…小夜左文字、何をしている。」

「あ…長谷部さん…。」


離れへ向かう途中、草むらから見覚えのある青い頭が見え、へし切長谷部は声をかけた。

草むらにいた小夜左文字は白い紙を手にしていた。


「何だそれは。」

「これは……。」


紙を後ろに隠した小夜左文字だったが、へし切長谷部の手にある荷物が審神者のものであることに気が付き、へし切長谷部へ質問を返した。


「長谷部さんこそ…それは…?」

「これは……。」


しまったと言った顔の長谷部だったが、小夜左文字は何も言わずお互い無言が続いた。

最初に口を開いたのは小夜左文字だった。


「これ…新しい主が探してる書類…のはず…。
風に飛ばされてるの見た、から…。」

「そうか……。
…一緒に行くか…?
荷物を届けようと思ってな…。」

「うん…。」


審神者部屋への道すがら、小夜左文字は一度だけ審神者に会ったこと、どんな人物なのか調べるため審神者部屋の近くの草むらに隠れて様子を見ていることをへし切長谷部に話した。


「あの人…まだ小さいんだ。
僕よりも小さい…。
だから…少し心配…。」

「そうか…。」


どこかぎこちない雰囲気のまま2人は離れの審神者部屋に到着した。

中からは人の気配がするが、こちらには気付いていないようだ。

2人は書類と荷物を障子の前に置きその場を去る。

その際、へし切長谷部はわざと音を立ててこちらに気付かせるよう仕掛けた。

小夜左文字はいつもの草むらに隠れ、近くの木にへし切長谷部も身を隠した。

しばらくすると微かに障子が開いた。

へし切長谷部はドキドキと脈打つ己の胸を押さえる。

そして更に障子がゆっくりと開き、中から幼い少女の顔が覗いた。


「!!
(あれが…俺の、新しい主…。)」


少女は周りに誰もいないか慎重に確認をすると、小さな手で書類だけを素早く引き抜いた。


「(あぁ…主…。
あなたはそんなに愛らしいお姿だったのですね…。
小さくて…すぐに壊れてしまいそうだ…。
荷物はちゃんと持てますか?
出来ることならこの長谷部がお部屋までお持ちしたい…。
あぁ、荷物を受け取らないのはきっと警戒されているのですね。
なんと思慮深いお方なんだ…。)」


へし切長谷部が見とれるように審神者の姿を見
て思考を巡らせていると声がかかった。


「おや、ぬしさま?」


内番帰りの小狐丸だ。

審神者は小狐丸の声に驚くと、部屋に引っ込んで障子を閉めてしまった。

その小動物の様な動きにへし切長谷部は口元を押さえる。


「(あぁ、主…!!
なんと愛らしい!!!
小狐丸め…、貴様のせいで主が怖がっているではないか…!!!)」


へし切長谷部の掴んでいた木の幹がミシリと音を立てる前に、小夜左文字が無言でへし切長谷部を制した。


「……それ、だれがもってちたんですか…?」


まだ幼く、少し舌っ足らずな高い声が小狐丸へ問いかける。


「(お声まで愛らしい…!!!)」


初めて聞く審神者の声を頭に記憶するへし切長谷部。


「私では……………私がお持ちしました。」

「(小狐丸、貴様…!!!)」


手柄を横取りしようとする小狐丸に殺意が湧いた。


「うそ、よくない。」

「!!」

「…ぬしさまは鋭いですな。」

「(さすが主…!!!)」


小狐丸の嘘を見破った審神者に感激していると、ふいに小狐丸がチラリとこちらへ視線を寄越す。

どうやら2人の存在に気付いているようだが、審神者に話すつもりは無いようだ。

その日から、へし切長谷部と小夜左文字の審神者観察が始まった。

審神者は真面目な性格らしく、よく刀剣男士達の出陣の陣営についてや、刀装の相談をこんのすけとしている。

こんのすけをとても可愛がっているようで、油揚げやいなり寿司を買っていることもあるようだった。

そんなある日、折り紙に霊力を込める練習をしていた審神者がふと言葉を漏らした。


「あ…ない…。
なにか、かわりになるかみ、よういしないと…。」


その言葉を聞き逃さなかったへし切長谷部はすぐに行動に出た。

今の母屋で書類仕事をする刀剣男士などいるはずがないので紙は余っていた。

へし切長谷部はその機動力を活かして紙をかき集めると離れの審神者部屋の前に紙の束を置くのだった。

そのへし切長谷部の行動には小夜左文字も驚いていたが、止めることはせず自身も手伝うようになっていた。


「ふむ…“あろま”とやらは良い香りがするらしいな…。」


また別の日には寝不足の審神者のため、アロマの代わりになるものが必要だった。


「…僕、沈丁花が咲いてる所知ってるよ…。
すごく良い香りがするんだ。」


今回は小夜左文字が沈丁花を用意し、審神者部屋の前へ置いた。

部屋の前に置かれた花に審神者は驚いていたが、その良い香りと可愛らしい花に顔が綻び、その表情を見た2人はまた花を摘んでこようと決めた。

そして、あの蜂騒動が起こるまで2人は姿を見せずに審神者部屋に花を届けるのが日課となっていたのだった。





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