十人十色
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目的の炊飯器は棚に仕舞われていたものをへし切長谷部に出してもらった。
その辺に置いてあった炊飯器らしきものは業務用と言えばいいのだろうか…とてもデカかった。
刀剣男士の人数を考えれば妥当なのかもしれないが、今の私には普通サイズの炊飯器が必要なのだ。
出してもらった炊飯器は少し埃っぽかったが、洗えばキレイになるしちゃんと動きそうなのでよかった。
ここで疑問に思ったのだが、この台所…全く使っていないようには見えなかったのだ。
燭台切光忠の話では前の審神者は刀剣男士達に料理はさせていなかったようだが、包丁はいろんな種類が揃っているし、鍋もまな板も長く使っていたような焦げ目や傷が付いているのだ。
「ここ、けっこうつかってたんじゃないの?」
椅子を足場代わりにしていた私は、下にいるこんのすけを見下ろした。
こんのすけは器用にも流しの淵に飛び乗って、私と目線を近くする。
「主様のお察しの通り、初代様の頃は毎日使われておりました。
刀剣男士様は食事をとらなくても平気といえども腹は減るのです。」
炊飯器のスイッチを押して炊けるのを待つ数分の間、こんのすけが話をしてくれるらしい。
未来の炊飯器は炊けるのが早くて助かる。
「今でこそありえませんが、初代様の頃は顕現された刀剣男士様に人の生活の知識はまだ備わっておりませんでした。」
今の話からすると、初代審神者は昔から長いこと審神者業をしているような気がした。
今と違って刀剣男士に人の生活の知識が備わっていなかったというと、もしかしたら初代審神者は時の政府が創設された頃の人間なのかもしれない。
「初代様は刀剣男士様に人の身を得たのだからその人生を存分に楽しむよう仰っておりました。
美味なものを食べる幸せも、調理する楽しさも、作ったものを誰かに食べてもらう嬉しさも全て初代様がお教えしたのでございます。
初代様にとって刀剣男士様は家族同然でした。
この厨も、皆様交代で調理をされていて…それはそれは賑やかで…。」
目を細めて懐かしむように話すこんのすけはどこか悲しそうだった。
初代審神者のことを何一つ思い出せないことに気まずいのか、悲しいのか、へし切長谷部は私とこんのすけから視線をそらす。
そっか…何も覚えてないんだった…。
先代とのツラい記憶しか無いんだ…。
その時米が炊けた合図の音が炊飯器から鳴った。
「………こんのすけ。
れーぞーこからうめぼしとこんぶ、あとふりかけとしおもってちて…。」
「主様…?」
私は無言で炊飯器を開け、美味しそうに炊けた白米をしゃもじでかき混ぜる。
こんのすけは私のいつもと違う雰囲気に急いで言われたものを取りに姿を消した。
私はかき混ぜた白米を水で濡らした手の上に乗せる。
「あつ…!」
「主!!」
へし切長谷部が止めようとするが私は無視をして白米を両手で握る。
「あ、主!一体何を…!」
「はい。」
私は扱いずらい小さな身体で握った少し小さいおにぎりをへし切長谷部に差し出す。
「あ、主…?」
「たべて…。
これが、おこめ、はくまい。」
私がずいっとへし切長谷部に差し出せば、手袋を外しておにぎりを受け取る。
その熱さに少し驚いていたが、私が食べろと目で訴えているのを見ると恐る恐る口に運んだ。
「!」
驚いた顔をし、一口また一口と口に運んでいく様を見て満足していると、移動用空間が開きこんのすけが戻ってきた。
「主様お待たせ致しました!」
「ありがとう。」
こんのすけから梅干しと昆布、ふりかけ、塩を受け取って私はおにぎりを握り始めた。
これでもかという量のおにぎりを作って炊飯器の中身は空っぽになった。
「(手があっつい〜…)」
水道の水で手を冷やしていると桜の花びらがひらひらと舞っていた。
へし切長谷部の方を見ると何とも言えない顔をしている。
「主…。」
「おいちかったですか?」
「…はい…とても…。」
ほんの少しだけ顔を赤らめて嬉しそうにそう言ったへし切長谷部に私は満足した。
「さっきのひとにも、おにぎりわたちてください。」
「さっき……燭台切ですか?」
こくんと頷けばへし切長谷部は渋々了承した。
そんなにおにぎりを独り占めしたいのか…。
そんな呑気なことを考えているとへし切長谷部が私を庇うように入口の方を向いて立ち塞がった。
「誰だ?」
入口から顔を出したのは小夜左文字だった。
「長谷部さん…?
こんな所で何を……」
話している最中に私の姿を目に入れた小夜左文字は驚いて目を見開く。
「え…何でここに……?
それに…これは…。」
私が母屋にいることに驚き、机の上にある大量のおにぎりを見て更に困惑した表情になっていた。
私はふりかけを混ぜたおにぎりを持って小夜左文字を手招きした。
オドオドしながらもこちらへやって来た小夜左文字へおにぎりを差し出す。
「っえ…?」
「あー…。」
「ぁ、あー…?」
口を開けるように促せば戸惑いながらも小さく口を開けたので、一口サイズに割ったふりかけのおにぎりを小夜左文字の口の中に入れた。
そのまま固まってしまった小夜左文字を見て、私は大丈夫の意を込めて残りのふりかけのおにぎりにかぶりつく。
その様子を見た小夜左文字は口を閉じおにぎりを食べ始めた。
驚きに目を見開く小夜左文字の頬はほんのり赤くなり、目は輝いているように見えた。
「これはおにぎり。
おこめ…はくまいをにぎったもの。
いまのは、ふりかけをかけたおにぎりね。」
食べたそうにそわそわしている小夜左文字に食べていいことを伝えれば、違うふりかけのおにぎりを手に取っていた。
へし切長谷部は梅干しのおにぎりを取ったのか顔が険しくなり、それが少し面白くて私と小夜左文字で小さく笑えば、そんな私達の様子を見てこんのすけが幸せそうに笑っていた。
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