人魚夢想曲

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「ま、大した怪我じゃなくてよかったな。
奏がいないことに気付いた時はさすがに焦ったけどな。」


仙蔵と喜八郎が医務室を去った後、今まで黙っていた義丸がそう切り出してきたので奏は心配かけたことを謝った。


「一ノ瀬さん、学園長先生と第三協栄丸さんのお話はまだかかると思うので、先に喉の傷の診察と足の治療もしてしまいましょうか。」

「足の治療…?」


にこやかに、だがすべてお見通しと言ったように新野に言われ、義丸は初耳の足の治療と言う言葉に奏を見つめる。


「(バレてた…。)」


奏はおずおずと正座を崩し両足を新野へ見せた。

その足は履き慣れていない草履のせいで親指と人差し指の間が赤く擦れ、うっすらと血のような赤が見えた。


「お前っ…何で黙ってたんだ!」

『ごめんなさい
迷惑になると思って』


奏の言葉を見てため息をついた義丸はキッと鋭く見つめ言い聞かせた。


「いいか、奏。
最初っから何でも出来るわけないだろ。
奏だってさっき生徒さん達に失敗するのは当たり前だって言ってたじゃねぇか。
奏がこっちの生活を始めてからまだひと月もたってないんだ。
出来なくて、慣れてなくて当たり前なんだよ。
誰も迷惑だなんて思わねぇから俺達を頼れ。」


自分の胸をドンと拳で叩いて言い放った義丸に奏は目尻が熱くなった。

衣食住を与えてくれ、この時代の生活を教えてくれた。

体調を崩したら心配してくれ医者にまで診せてくれた。

何者かに目を付けられた時は見張りまでしてくれた。

散々迷惑をかけた、これ以上迷惑をかけたくない、自分のせいで水軍の人達の日常を崩している、早く自立して出て行かなくてはいけない…奏はずっとそんな気持ちでいっぱいだった。


「井戸の水汲みの時だってそうだ。
慣れてないのに1人でやろうとして…」
「義丸さん。」


思い出すように目を閉じ今までの奏の行動を指摘する義丸に新野がストップをかける。

義丸は目を開けてギョッとした。

目の前の奏が俯きながら涙を零していたからだ。


「わ、悪い…!
別に怒ってな…いや怒ってるんだが…。
奏を責めているわけではないんだ。
ただもっと信用してほしくてだな…」
『本当に』


奏が言葉を表し義丸は口を噤む。


『本当に迷惑ではないですか?
草履に履き慣れてなくて歩くの遅いし、火の起こし方だって洗濯だって遅くてうまく出来ません
話せなくて、会話するのにも時間がかかります
こんな厄介者そういませんよ?』


奏は顔を上げることが出来ず、涙で歪んだ視界で指差した五十音表を見つめていた。


「陸酔いに船酔い…まぁ他にもいろいろいる。
今更厄介者が増えたって変わらねぇよ。
奏は俺達兵庫水軍の仲間だ。」

「っ…!!」


耐えられず奏は両手で顔を覆って涙を流した。

今まで抱えていた不安や緊張が全て崩れたのだ。


「女好きの厄介者だっているしな!」


そう言って障子を開けて入ってきたのは第三協栄丸と白南風丸、奏の知らないご老人の3人だった。


「お頭〜、俺は女に優しいだけですよ。」

「それを女好きって言うんだ。
ま、義丸の言う通りうちは厄介者だらけだ。
奏ちゃんが来たくらいじゃあ迷惑だなんて感じないさ!」

「そうですよ奏さん!
俺は海賊やってるのに泳げないし、船酔いするし…ヘタレで…。」

「おいおい、励ますお前が落ち込んでどうする…。」

「俺も船酔いするし泳げないし…。」

「お頭まで落ち込まないでくださいよ…!」


3人のやり取りに奏は小さく笑みをこぼし、深く頭を下げた。


『本当にありがとうございます
改めましてよろしくお願いします』


それでいい…と満面の笑みの第三協栄丸にくしゃくしゃと頭を撫でられた。





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