十人十色

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「本日から見学させて頂きます審神者候補生です。
審神者名は決まっていないので所属予定の色の“黒”とお呼びください。
よろしくお願いします。」

「あなたが新人ちゃんね。
私はこの本丸の審神者をしている錫(すず)よ。
あなたが黒色所属になったら私の後輩って事になるのね。よろしくね。」


そう言って笑顔を見せる彼女の後ろで控える無表情の三日月宗近へ一瞬視線を向けたが、気にしないふりをして私も目の前の審神者へ笑顔を向けた。

まさかこんなところで審神者になる前の…生前って言っていいのかな?…生前の仕事の接客スマイルが役に立つなんてね…。

何故私がメイクで顔の印を隠し、学生服姿で他本丸へ来ているのか…それは遡る事1週間と少し前。


「え…潜入…?」


私の目の前で申し訳なさそうな顔をする黒岩さんとこんのすけから聞かされた内容は、とある本丸への潜入任務だった。

その本丸はここと同じく黒色所属で、私より2つ年下の23歳の女性が審神者をしているらしいのだが、どうやらブラック本丸の疑いがあるのだとか…。


「その本丸の任務報告や演練の履歴に短刀の姿が見当たらなくなっている。
彼女を担当している者の話によると、本丸へ行った際には短刀達はいたらしいのだが…他の本丸と比べると違和感があったらしくてな。」


その本丸の担当さんは黒岩さんの後輩だそうで、違和感が気になって何度か本丸へ足を運んでいるそうだが、ブラック認定出来るような証拠などは見付からず、黒岩さんへ相談したそうだ。


「その担当さんが感じた違和感とは何だったんですか?」

「本丸全体に覇気がない…と本人は言っていてな。
短刀達はその見た目から子供のようにはしゃいだり遊んだりする事が多いはずなんだが、その本丸では人見知りをする子供のように目が合うと隠れたり逃げたりしてしまうらしい。
勿論傷は負っていないそうだ。
脇差や打刀など他の男士達も大人しく、内番をしていない男士達は部屋にこもっている事が多い印象だったと聞いている。」


刀剣男士にも育つ本丸によって個体差があるらしいので、その本丸では大人しい男士が多いと言われれば何も変ではない。

それでも、時の政府で審神者の上司として働く担当さんが違和感を感じた。

黒岩さん達担当さんは決して1人につき担当する審神者は1人ではない。

何人もの審神者を担当している。

黒岩さんも私以外に担当している審神者が黒色に何人かいるらしい。

数人を担当して大変なはずなのに、黒岩さん達は私達審神者をよく見、寄り添い、サポートし、審神者が男士達と良好な関係を築けるように時には相談に乗ったりする事もあるらしい。

そんな担当さんが気になると言うのであれば、たとえブラックではなかったとしても何か事情があるのかもしれない。


「君には関係の無い、こちらの問題に協力させてしまってすまない…。
君の今の見た目年齢が見習い審神者と同い年という事に上が目を付けてしまってな…。」

「なるほど…。
見た目は10代の見習い審神者ですが中身は成人済みの大人なので何かあっても自分で対処出来るだろうと…?」

「………あぁ…。」


時の政府の上層部に、心の中の中指を立てた。


「勿論、君を一人で行かせる訳にはいかない。
そこで2振り程、護衛として連れて行く事になった。」

「でも、連れて行くって…どうやって…。」







「ここがあなたの部屋よ、好きに使ってね。
お手洗いと洗面所は備え付けになっているから。
あと、入浴は時間が決まっているから気を付けてね。」

「はい、ありがとうございます。」


見学は3泊4日の予定となっており、説明や見学は明日からにし、今日は夕飯の時間までゆっくりするように言うと錫は部屋を後にした。

錫がいなくなったのを確認し、私は制服のブレザーの下のカーディガンの胸元に手を差し込んで、ショルダーホルスターに差して隠していた2振りの短刀を取り出す。


「2人ともどうだった?」

「とくにへんなけはいはかんじませんね!」

「そうだなぁ…。
あの審神者も優しそうに見えたけどな?」


刀の姿のまま話すのは、いまつる君と厚君。

短刀の中でも比較的小振りの2人が今回の潜入捜査の為に私の護衛として選ばれた。

刀剣男士達が刀の姿になれるなんて初耳だったし、そのまま会話が出来るとかちょっとまだ慣れない…。

3泊4日とはいえ自由に行動出来る時間は少ない。

さっそく今日の夜…皆が寝静まった頃にでも本丸内を回ってみなくては…。

誰かに見付かったとしても、幸い本丸は広いから寝付けなくて夜風に当たりに出たら迷ってしまったとかなんとか言えばどうにかなるだろう。

学生の見た目というのは、確かに相手を警戒させずに近付くには良いのかもしれない。

もし、見習い審神者の年齢に規定がなく、10歳にも満たない子供が見習い審神者をしていたら、私はもっと早くにこの潜入任務をさせられていたのかもしれない。

上手く動けない小さな身体でなくて本当に良かったと思う。

もしも小さな身体で潜入任務をして、走って逃げなければいけないような事態になったら………いや、考えるのはやめよう。

その後、錫に呼ばれ一緒に夕食を取ったが、厨当番らしい光忠が後ろに控えているだけで他の男士達の姿は無かった。

錫は男士達と一緒に食事は取らないらしく、うちの本丸と違って静かな食卓は少し物足りなく感じる。

まるでどこかの料亭かと思うほどキレイな料理はその見た目通り美味なのだが、高価すぎて私にはいまいち価値がわからなかった。

こんな高価なものをご馳走になってるけど、今頃うちの本丸ではカレーとか焼肉とか早く処分したい野菜を使った野菜炒めとか、そんな感じなんだろうな…。

まるで競走のように始まるおかわりの声や、残ったおかずを巡るじゃんけん大会、ヒートアップしすぎれば落ちるであろう歌仙の雷を想像して少し笑いそうになってしまった。

食事中、錫との会話は何もおかしなところはなく、お上品な頼れる先輩審神者にしか見えなかった。

少し気になったのは夕食後、私が食器を片付けようとすると錫はそれを止め、控えていた光忠を呼んで片付けさせた事だ。

他の本丸の審神者と刀剣男士の関係性は何が普通で当たり前なのかわからないし、主従関係をしっかりしている審神者だっているかもしれない。

錫もそのタイプで、自分は刀剣男士の主という事をはっきりさせているのかもしれないが、私はそういうタイプではないので、まだ広間で空になった食器をお盆に乗せている燭台切光忠の側へ戻る。


「ご馳走様でした。
美味しかったです。」

「…!!
ぇっ…ぁ……。」


私の知る燭台切光忠という刀剣男士は、自分の料理を褒められたら“ありがとう” “口に合って良かったよ” “明日のご飯も楽しみにしててね”…など、余裕のあるかっこいい大人の笑みを浮かべながら返事をするような男士だ。

しかし、目の前の燭台切光忠は褒められた事に驚き、動揺し、上手く言葉が出ない様に見える。

かっこよく決めたいはずの燭台切光忠からはあまり想像が出来ず、どこか調子でも悪いのかと心配で声をかけようとすると錫に止められた。


「ごめんなさいね。
うちの光忠はちょっと内気なの。
個体差らしくて…。」

「そうでしたか…。
突然すみませんでした。
少しの間お世話になります。
明日もご飯、楽しみにしています。」


この本丸の食事の準備は燭台切光忠が中心にやっているようだし、お世話になる身なので簡単に挨拶をすれば、照れたように頬を染めていた。

個体差とは…すごい…。

何だこのギャップは…。

少し驚きながらも錫と共に広間を後にすると、楽しそうな顔をした錫がまるで恋バナでもするかのように、燭台切光忠に興味があるのか聞いてくる。


「黒ちゃん、もしかして光忠の事気になってたりする?」

「いえいえ!そんな!!
特別気になっていたわけではないんですけど…。
個体差ってすごいですね。
私が教わった燭台切光忠の性格は、もっと自信があって、何でもかっこよくこなす様な刀剣男士だったので…ちょっとギャップでびっくりしちゃいました。」


少し可愛いタイプですね…と話せば、錫もわかると深く頷いて笑いながら同意する。

そんな錫の姿を見ると、本当にブラック本丸と疑われている本丸の審神者なのかと首を傾げたくなった。






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