novel『イナGO』vol.1

□『好きと嫌いの狭間』
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「剣城なんか大嫌い!!」
「俺も」

恒例と化している天馬の癇癪が、また始まった。

いつものとばっちりに。

いつもなら決して使わない肯定を。
間髪入れずに言ってやった。

そしたら。
つい先程までの剣幕はどこに消えてしまったのか。

「・・・え?」

天馬は一瞬呆気に取られた。

後に、急速に事態を飲み込めたのか。
アワアワと狼狽え始める。

「・・・え?!」

剣城・・・
弱々しく掠れた声で。

今にも泣き出しそうな青灰色の瞳が、過剰に沸き上がる潤いに揺れる。

「自分で言った事をそのまま他人に返されたからって動揺するなよ」

嘘に決まってるだろ。

ポカンと薄く口を開けたまま。
無防備に呆けた天馬の額に。

京介が、笑いながら軽くデコピンしてやれば。

その反動で微かに頭が揺れただけで。

天馬の意識は、恍惚とまだ遠いどこかを放浪している様子だ。

視点は一点を見据えたまま。
天馬自身は、瞬きも忘れたかの様に微動だにしない。

普段から、ボヤヤンでノホホンな天然頭の事だ。

きっと、あまりの追撃に思考がついていかないのも無理はない。

それでも。
お喋りで、休む事なくクルクル変わる百面相が、急に静かになったら。

(少し、心配になるじゃないか・・・)

睨む様に吊り上がっていた眉も、次第に下がり気味に落ちていくのを感じながら。

京介は、未だボンヤリしている天馬の顔を覗き込んで見る。

掌を、ヒラヒラ、翳したり。
前髪を、クルクル、指先で弄んでみたり。

鼻先や頬に軽く啄んだりして。
動作を静観していたが。

反応は、特に変化なし。

(これは・・・アレか?)

何かに思い当たったみたいに。
京介の身体が、ユルリ、無意識に動いた。

「・・・天馬」

一度だけ、名前を呼んで。

ゆっくりと口接ける。


時間的には、ほんの数秒だったと思うが。

あまりに大人しい天馬相手だったから。
京介の調子も狂いっ放しだ。


普段の天馬ならば。

不意打ちには非常に弱く出来ていて。

前もって宣言していたとしても。
見せ付ける様に緩やかにしたとしても。

キス一つにだって。
羞恥にジタバタ足掻き、大袈裟に喚き散らす。


(宥めるのに苦労するんだ、これが)


でも、その時間すら。

とても愛しい・・・


(大好き)


狂おしい恋情を乗せて。

京介は、もう一度口唇を合わせた。



それから、間もなくして。

押し黙ったままの天馬が、パチパチと二度瞬きを繰り返して。

痛覚にも鈍くなっていたのか。

しばらくしてから。
ようやく「痛い・・・」と渋い表情を浮かべて額を摩った。


どうやらキスした事には気付いてないみたいだ。

それはそれで有り難かったりするが・・・


虐めた事に対して、悪かった、とか。
謝罪の言葉を、口端に昇らせようとかは全然思わなくて。

でも、胸中で渦巻く言葉にならない罪悪感には苛まれていたりして。

京介は。
機嫌直せよ、と言いたげに。

幼子をあやす様に。
柔らかい飴色の髪を、優しく撫でてやる。

が、それに反比例して。

リスやハムスターみたいに、一気にむくれていく天馬の両頬。

相当に機嫌を損ねてしまったらしい事に。
京介は、頭を捻る。

(しばらくイジるのは止めよう・・・)

張り付いたポーカーフェイスの下。

細い溜息と共に。
人知れず反省するのだった。



「大好きなんだから!!」
「知ってる」

「ホントのホントに大好きなんだからねっっ!!」
「俺も」

やはり間髪入れず、答えてやったら。

天馬は、照れ隠しを誤魔化す様に。
京介の胸に体当たりで飛び込んできた。

‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡

END

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