S.S

□雨
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――ぽつり、

おれの頬を伝う、冷たい雨。


ざあざあとやかましく騒ぎ立てながら、濁った空から墜ちて来るそれ。


辺りに漂う硝煙の匂いと、たちのぼる煙。

地面には誰のとも言えないおびただしい量の血痕が飛び散り、土に黒く染みを残している。

そして、元は人間だったモノたち。

ごろごろと、それはまるで路傍の石のように転がっている。

魂が抜けた肉片たちは、そこにただ落ちているだけの蛋白質でしかない。




雨が降る。


ざあざあ、

地上にあるもの全てに降り注ぐ。


命が有る無し、そんなのは関係無く。

それはそれは公平に。

神は人間を平等に創ったと言うが、それが本当なら、この水滴は神の手自らが造り出したものだろうか。

差別する事なく降る雨。



戦いの匂いが薄れてゆく。


じっとりと肌に張り付いたシャツが、

水を含んだベストが、

辺りに残ったモノたちが、


その全てがおれを潰そうと、重くのしかかる。



雨よ、降れ。


おれから全てを洗い流してくれ。

過去も、未来も、その一切を。



戦場に突き出た骨が、雨に洗われ白々と光っている。

おれはその白さに神聖なものを感じた。





もういい。この手は汚れてしまった。


ああ、おれもいっそ骨になって、雨に洗ってもらおうか。

そうすればきっと、この手すら綺麗になるだろう。




おれは座り込んだ。

ぬかるんだ地面がおれの足を包む。


そのまま飲み込まれてしまいたい。


きっとここには誰もいないのだから。







――ザァァーーー


雨足は強くなり、より激しくおれを穿つ。

何時間そこにいたのか、そんなものとうに忘れた。

手足は冷たくなり、今は両腕で足を抱えるようにして、雨を受けている。

いつの間にか身体は震えだし、その限界を訴えた。


シャワーのように感じていた雨。

今では一粒一粒がうっとおしい。




――ざっ


ふと足音を感じ、ゆっくりと振り向く。

濡れそぼった睫毛の隙間から、雨に濡れた世界を見る。




「だれ?」

おれは訊いた。


その存在は、大きくて優しかった。

おれと同じ色の瞳が、ゆっくりと細められ、おれはそれを美しいと思った。


彼はおれと同じ声――少し大人びたもの――で言った。


「俺は刹那、そしてソランだ。」


「意味がわからないよ」と、俺が言うと、「いつかわかる」と頭を撫でられた。


その行為に無意識に怯える自分がいたが、不思議とその指先からは温もりを感じた。



雨が降る。




おれと同じ髪が、彼の頬に張り付いて、ぽたぽたと雫を落としている。


彼は言った。



「おまえは独りじゃない、俺がいる。」


それからもう一度言った。


「止まない雨は無いんだ、ソラン…」



ゆっくりと差し延べられる手に、指を絡める。

そのまま手首を引かれ、そっと抱き締められる。


「どうしたの、刹那」

彼の様子がおかしかった。

おれの背中をかき抱きながら、微かに震えている。


おれは気になって、彼の顔をうかがった。



彼の瞳から一筋、温かい雨が伝っていた。






―― 泣く事を知らない子供は雨を欲した。

それが涙の代わり。



涙の意味を知った青年は子供の手を引く。

子供に雨が降らないように、そっと腕の内に閉じ込めた。



哀しい雨は要らないんだ。





 
 

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