アラド同人編(おひさま)

□マスター、大好きっ♪
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―某駅前の喫茶店。
春も終わりが近づき、時折夏かと思うほどの陽気に勘弁してくれ太陽さんよ、と昼間意味の無い言葉をかけてみた。
あなたには夏に思う存分活躍する機会が与えられているんだからさ。
それは当然のごとく無視され、熱い光線をひっきりなしに注いでいたのだが。
時刻は流れて夕方。昼は炎天下だったというのに、店内は暖房を効かせている。暑すぎる。
俺は外との温度の変化の無さに嘆息しながらジャケットを脱ぎ、手にかける。
「いらっしゃいませー。お席のご案内をいたしますが…」
「あ、いえ、友人と待ち合わせていますので」
「そうですか、失礼いたしました」
丁寧にお辞儀をしたウェイトレスに適当に会釈し、俺は店の奥へと進む。
「さてと、待ち合わせ場所は…」
と、店内を見渡す。
さして広くない店の一角にできる人だかり。
「あ、あそこか」
何と言うか…わかりやすい。
待ち合わせた少女、エレマスの座るテーブルの周りには男ばかりが囲むように座っていた。
「あっ、マスター!やっほー」
彼女は立ち上がり、俺に手をフリフリ振って座るように促してきた。
同時に周りの男たちが驚異的な反応速度で俺を凝視する。
その瞳に映るのは羨望、あるいは憎悪。
居辛ぇ……
とりあえず彼女の向かい側に腰掛け、店内が暑い…というか全体的にむさ苦しいので、アイスコーヒーを注文。
エレの周囲だけ何とも言えない様な、とても良い匂いがする。
やがてお待たせしました、とウェイトレスが涼しげなグラスに並々と注がれたアイスコーヒーとフレッシュ、シロップをトレーに載せて持ってきた。
俺はどうも、と受け取り、シロップとフレッシュをコーヒーに混ぜた。
「悪いな、待った?」
「うーん…ちょっとだけね」
そう笑う彼女の手元には中身が半分くらい減ったマグカップがあった。
「しかし…すごい人だかりだな」
俺は少し身を乗り出し、小声で呟く。
「うん。なぜかサインくださいって人が何人かいたしね」
私のサインなんてもらってどうするんだろうね、と照れたようにはにかんだ。
アイドルと間違えたのだろうか。
だが確かに、エレの可愛らしさはアイドルに匹敵すると思うし、おそらくサインを求めた輩が勘違いしたのは彼女の服装だろう。
彼女のトレードマークであるツンツンリボンをはじめ、白いシャツにチェック柄のミニスカート、ハイソックスに赤いラインの入った白いスニーカーという、『こんな女の子と遊びに行きたい』という格好をそのまましている。
オフ日のアイドルはこんな格好をしているんじゃないか?よくわからないが。
「外は暖かくて、なのに中はこんなに暑くて…ホットココア頼んだの失敗だったかも」
暑いのは店内の空調の所為だけでは無いと思う。
そんな事を考えつつ、グラスに水滴が垂れるのをぼんやりと見つめていた。
ちなみにサモとバトメはバイト中。
『これ、少ないんだけど…生活の足しにして』って茶封筒を渡されたときは涙が出そうだった。
一応三人は俺の部屋で生活している手前、食費やら何やらがかかる事を考慮してくれているのだろう。
バイトでも三人分のお給料だと、結構な額になる。
彼女らは同じバイト先で二人ずつローテーションを組んでいる。
月曜日がエレとサモ、火曜日がサモとバトメ、水曜日がバトメとエレ…といった具合に。
料理が苦手なバトメが休みの日は大抵俺とバトメが二人で夕食を作る。もちろん出来はエレやサモに遠く及ばないが…
バイトは大体昼から夕方遅くまで続くみたいだし、二人一組の方が行き帰りの道中も安心できる。
今日は火曜日で、エレとの約束を果たすために講義が終わるや否や大急ぎでここに向かってきたというわけだ。
俺はシロップと牛乳をコーヒーに入れ、ストローでかき混ぜ一口啜る。
「俺のコーヒーで良かったらちょっと飲むか?」
あまりに暑そうな顔をして、パタパタ手で顔を扇いでいたので、飲みかけのカフェオレを勧める。
「あ、ありがと」
ちっちゃな口をストローまで持っていきこくこくカフェオレを飲むエレ。
さながら天使の様だ。
彼女が口を離すと氷がカロン、と冷たい音を立てた。
「んっ…おいし……えへへ、間接キスだねっ」
そういうことを当たり前に言いなさるな。
ガタン。
ほら見ろ。周りの男たちも反応するだろうが。舌打ちしてる奴もいるぞ。
ハァ…と俺は小さく溜息を吐き、話を本題に戻す。
「さて…」
腕時計を確認する。時刻は五時四十分。
「そろそろ行くか」
「うんっ!」
大勢の客に見られながら、俺はエレの手をとり、彼女の分の料金も支払って、店を後にした。
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