アラド同人編(おつきさま)

□ノースマイアの檻
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助けて。
パパ。ママ。
誰か。
助けテ…
体中ガ痛イ…

「ん…」
そっと目を開けると、薄暗い天井が朧気に見える。
「…面倒なことを思い出してしまった」
そっと体を起こす。
古い傷が疼く。
その傷は深く、太ももや肩口、わき腹に醜い痕を残していた。
あたしは格闘家だが、この傷は闘いで出来たものではない。
「もう、何年前の話になるんだろうな」
自分以外は誰もいない寂れた宿の一室、そのベッドの上で独白する。
十数年前、あたしはアラド大陸の北方、『ノースマイア』の小さな町に住んでいた。
貿易や開発に力を入れていないものの、そのために自然が残り、森では小鳥が囀り、いつも太陽がさんさんと煌く平和な町だった。
そんな幸せな町に、あたしは住んでいたのだ。
毎日友達と遊び、時には喧嘩し、けれどすぐに仲直りできる、そんな少女だった。
だけど、幸せな日々は長くは続かなかった。
終わりはいつもこう。
あまりにもあっけなく、一生懸命つんだ積み木が一瞬で崩れるような、そんな感覚。
突然『マッドネス』なる盗賊団が、このノースマイアに現れた。
彼らは全員が全員防塵用のマスクを着用しており、誰が誰なのか一目では区別がつかなかった。
「てめぇら全員外に出ろ!」
リーダー格の大柄な男が耳に痛い声を上げた。
己の身を守る術のない町民たちは、怯えながら広場に集まった。
父さんは私を木箱の中に隠した。せめて、彼らの毒牙にかからないために。
家にある金目のものを全て出せ、そう言われ、あたしの家族も含む全員がそれらしきものを出す。
男は財宝を漁り、やがて嘆息し、みんなに聞こえるようにわざと大きく舌打ちをした。
「ケッ、こんなしょうもねぇ町にゃあ、やっぱ大したものはねぇなァ…」
あたしはそのやり取りを木箱の隙間から息を殺して見ていた。
神様、どうか。
お宝なんていりません。パパやママを、みんなを無事に帰してあげてください。
ここで盗賊が何もかもを奪ったのなら、神様はよほど仕事が嫌いなのだろう。
不公平な、あまりにもひどい世界の神様だ。
だが、神様はどうやら完全に仕事を放棄しているらしい。
「ミョジンの兄貴!このガキ、木箱ン中隠れてましたぜ!」
家々に入り込み、金目のものを探し回っていた盗賊団員の一人に見つかった。
暴れる私を、団員は広場に連れて行き、思い切り地面に投げつけた。
「かは…っ!」
背中が強烈に痛む。
両親が駆け寄り、あたしを抱きしめた。
父さんは娘に手を出さないでくれ私を殺せと涙ながらに叫んだ。
「ほぉ…そんなにこのガキが大事か?」
ミョジンと呼ばれた大男はクスクス、とガスマスク越しにいやな笑いを浮かべた。
突然彼はナイフを取り出し、素早い動作で私の太ももを切り裂いた。
「ぎゃ―ァァ!」
私の華奢な太ももはばっくりと開き、血が噴出している。
「止めろぉぉぉ!!」
父さんは耐えられないといったように、ミョジンに体当たりをした。
「アァ?……オイ、ハクド」
けれどミョジンはさして気にしないように、側近の男に声をかけた。
「……はい」
その言葉に何の意味があったのか。
男は犬の被り物をしていた。
そして、母さんに抱かれ、痛みと恐怖に震える私の。
「悪く思うなよ」
肩を思い切り斬りつけた。
「――ッ!!」
怯えきった群衆は、半ばパニックになっていた。
肩と太ももから溢れる血で、あたしの意識は無くなりかけていた。
「止めろ!もう止めてくれ!!」
ミョジンに掴み掛かり、懇願する父さんだったが、ミョジンは鼻で笑った。
「オイ、パパはもう一回大切な娘を切り裂いてくれって言ってるぜ?」
「なっ…」
「俺に抵抗する奴ぁ『テメェの一番大切なモノ』をぶち壊すってのが、俺のやり方なんでねェ…」
ハクドは無表情であたしのわき腹を裂いた。
乾いた地面に真っ赤な鮮血が染み込んでいった。
「テメェらも、このガキみてぇになりたくなかったら大人しくしてるんだな!」
彼の力は絶大だった。
一瞬にして訪れる静寂。
すすり泣く者は隣の人間が口を塞いだ。
静寂の中、完全に意識が消えてゆく。ミョジンは最後に汚い笑いを浮かべた。
「ケケケ…よかったなァガキ。パパもママもすぐに『そっち』に行くってよォ」
薄く開いた目の前で、両親の首が、頚動脈が斬られた。
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