アラド同人編(おつきさま)

□蟲の贄
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アラド大陸・北西部に位置する街『ノースマイア』。
栄光と繁栄を極めた黄金都市の伝説も、今は昔。
魔界より次元転移にて降臨した使徒・疫病のディレジエが住み着き、人々は死に絶え、草木は枯れ、誰も住むことはなくなった死の街と化してしまった。
そんなノースマイアについて、人々の間である噂が飛び交った。
『ノースマイア北の砂漠には歴代の勇者の夢が巨木の中に眠っている』
『夢喰らいの木に気をつけろ、あの木に狙われたら、俺たちの精神は壊れてしまう…』
その噂は大陸の外れ、アンダーフットまでに及んだ。
そこに暮らす、人間とは様々な点で異なるダークエルフは、世に名を残す英雄が見る『夢』に強い関心を持っていた。
英雄の夢とは何か。夢を持つ人間はなぜ強いのか。我々にはなぜ英雄と同じ夢を見ることが出来ないのか。
ダークエルフの上層部は、英雄の夢を解析するため、一人のシーフをノースマイアの砂漠に派遣した。


「ここが英雄の夢が眠ると言われている砂漠か…。それにしても……何て暑さだ…」
揺らぐ空。一面の砂地。灼熱の太陽。
もっと陽が落ちてから行くべきだった。舌打ちをするも、職務に従い調査を開始する。
ハットを被りなおし、乱れた黒い衣服の襟を正す。
派遣されたダークエルフの精鋭諜報員、ローグの女性シラーは、慣れない環境下に汗を流しながら、砂漠に足を踏み入れた。
砂漠は気味が悪いほど静かだ。
数少ない情報を元に、やや闇雲に砂地に足を踏み入れると、いくつかの砂山が見えた。
「砂が盛り上がっているな…。ん…?砂が…動いている……」
敵がいる。察知したシラーはクナイを懐から取り出し、盛り上がった砂に投げつけた。
「ううっ…!」
確かな手応えと呻き声。砂に染み込む赤い液体。
味方がやられて焦ったのか、同様に盛り上がった砂山から、数人の男が少しゆっくりとした動作で飛び出した。
誰もが痩せぎすで目は虚ろ、フラフラとまるで夢遊病者のような足取りでこちらに向かって来た。
シラーはクナイを素早い動作で彼らに投げ、これを倒した。
「こいつら…まるで生気がない…。抜け殻のようになってる……用心したほうがよさそうだな……」
より一層周りを警戒しつつ、前進する。
風化した家屋が砂と同化し、それはシラーの心をなぜか魅了した。
暫く歩くと、突然空からブゥン、と羽音が聞こえた。
「羽虫…?」
音のする方向に振り返り、驚愕に目を見開くシラー。
羽音の正体は、蜂だった。
近くを飛び回っていたものだと思っていたのが、間違いだった。
それは遠くから飛来した、『人間ほどの大きさの』蜂であった。
「なっ…なっ!?」
無論最も危険な部位である尻の先の針も通常の蜂より数十倍も巨大で、大陸の兵士が使う槍程の太さを誇っている。
「ギチギチギチ…」
鋸を連想させる鋭い顎を噛み合わせ、笑い声にも似た不気味な音を発する三匹の蜂。
「ひっ!!」
腹を下にし急降下する蜂を転がって回避する。
「んぶぇっ…ぺっ!」
口の中に砂が入ったが、気にしている場合ではない。
「な、何だあのでかい蜂は…!」
あんなのに刺されたら下手をすれば死んでしまう。
「はぁ……はぁ………っく…!」
それに照りつける太陽がダークエルフであるシラーの体力を確実に奪っている。長期戦に持ち込むわけにはいかない。
ぼたぼた垂れる汗を拭き、身構えるシラー。
「やああああっ!!」
「ギチ…ギギギガッ!!」
飛び上がり、懐のナイフをすれ違い様に浴びせかけた。
間髪入れず、もう一撃。
「ガギャッ!!」
仲間がやられ、慌てて逃げ出そうとする最後の一匹にも攻撃は忘れない。
ぼとりと重い音を立てて落ちる蜂たち。
緑色の体液を傷口から溢れさせながらしばしもがいていたが、やがてどれもぱたりと事切れた。
「はああっ!!はあぁ……はぁ……はぁ…!」
疲れ果て、座り込むシラー。普段暗闇に生きるダークエルフには、目が眩まんばかりの太陽の下での活動は拷問にも等しかった。
酷使された身体を砂影に預け、水分を補給する。
「何が……夢探しだ…!いきなりゲリラに襲われるし…でかい蜂は出るし…やはりただの噂…夢探しなど……くだらない妄言だ…」
自分をこんな環境下に派遣した上層部を呪いつつ、精一杯の悪態をつく。
「身体を…休めよう……暫くは安全だろうし…」
要するに、彼女の見通しは甘かったのだ。
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