アラド同人編(おつきさま)

□被虐者の復讐
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煮えたぎる灼熱のマグマが一面に広がる洞窟。
ここはアルフライラ南部の洞穴『マグマケーブ』である。
閉鎖された空間であるために熱が篭り、地獄のような暑さが草木を燃やす。
ここに好んで住まうのは、地獄のような環境に選ばれた生き物と、感覚がなくなってしまったゾンビのみとなっている。
そんなマグマケーブに、ダークエルフの死霊術師アズラが錬金術を用いて人工生命隊を作ったのが、つい最近のことである。
火の妖精アグニを従え、燃え盛る拳を振るい、相対する者を焼き尽くすゴリアデ。
非常に俊敏性が高く、スピードと巨体によるパワーで敵を圧倒するアトラス。
比類なき豪腕で同じ体躯の巨人ですら軽々と吹き飛ばすタイタン。
三人の巨人はマグマケーブにて暴れ回り、遂には黒妖精や人間が暮らすアルフライラにまで侵攻しようとしていた。
黒妖精王室伝令官のクロンターはアズラを捕らえ、ゴリアデ、アトラスを無力化することに成功したものの、彼らとは違い合成魔術により生成されたタイタンだけは抑えることが出来ず、急遽冒険者を募ることにした。
「…わかりました。では行ってきます!」
彼の依頼を受諾したのは、ストライカーの少女であった。
ストライカーとは、数多く存在する格闘家の中でも、五体による打撃技を得意とする者を指す。
服装は一般的な格闘家と殆ど大差は無いが、拳を保護するためのグローブと、重い蹴りを放つため厚底のブーツを着用している点が異なっている。
鍛え抜かれた四肢は、目にも留まらぬ速さで繰り出される殴打技や骨をもへし折る蹴り技を生み出す。
彼女は自分のストライカーとしての実力に絶対の自信があった。
幼い頃から努力に努力を重ね、それでも満足することなく鍛錬を繰り返し、届かぬ高みに何度も悔しさを噛み締めて今に至っているのだから。
ストライカーの彼女にとって、いかに相手が巨大なゴーレムであっても、負けるはずなどなかったのだ。
軽い準備運動をし、気合を入れなおす。
少女は緊張を身に纏い、マグマケーブの入り口へと進んでいった…。


「かなり軍の手が入ったのね……生き物の気配が無い…」
ふぅ、と息を吐き、水分を補給する。
煮えたぎる溶岩地帯が一面に広がる洞窟は、外との温度差もあってか様々な環境下で己を鍛えてきたストライカーでさえ堪える環境であった。
「ガァァァ……」
熱い土を掻き分け表れたのは、アズラの死霊術により復活した屍グール。
ストライカーは死体が地面からせり上がる光景に一瞬驚き眉を顰めたが、直ぐに適切な反応を見せた。
「はあぁぁぁ……!」
武道を始めたその日から変わらぬ構えを取り、気を引き締める。
二本の脚はしっかりと地面を踏みしめ、拳に集められた闘気が熱となり空間を歪めた。
「イヤッ!!」
気合一閃、ストライカーの素早く強烈な拳がグールの群れを吹き飛ばす。
「ハッ!!ッラアッ!!」
元々腐敗し弱った身体ではあるが、彼女の一撃の前には崩れ落ちる他なかった。
女だから、大人ではないからといって侮れない力を秘めているのが格闘家である。
「ふぅ…ふぅ…っ!」
程なくしてグールを倒しきり、やや歪な押忍の構えを取るストライカー。形式を重んじる彼女にとって、こういう動作一つ一つで精神面も養うのだ。
暑さから疲れを覚えたが、こんな雑魚相手にいちいち休憩を取っていては格闘家失格だ。
少しストレッチをするだけで先に進んだ。
一歩足を踏み出すごとに、温度が上がってきている。
「マグマ…ばかりで……分かってるけど…あ、暑い…!」
普通の人間ならば倒れてもおかしくない状況だ。文句を零しながらも歩いているストライカーは相当な鍛錬を積んでいるのだろう。
そして洞窟の奥へ奥へと進むほど、段々空気が薄くなってきているのだ。
マグマケーブはどこか別の地上に繋がるようなトンネルではなく、終点は巨大なマグマ溜まりの長く深い一本道である。
当然入り口の酸素が最果てにまで届くことはなく、結果まるで高原のような一面も併せ持っているのだ。
「ぜぇ……ぜぇ……」
過呼吸気味の体を遂に休める。水分のストックも残り半分ほどになってしまった。
彼女は全身から滝のような汗を流し、立ち上がるだけでもよろめき倒れそうになるほど疲弊しきっていた。
もっと色々な環境下での鍛錬をするべきだった、とやや後悔の念に駆られつつも、今更引き返すわけには行かない。ばしゃりと冷たい水を頭から被り立ち上がった。
「よしっ!!」
頬を軽く叩き、気合を入れなおす。
ただ休んでばかりでは無駄に体力を消耗するだけだ。
そして、両者は出会ってしまった。
常人の三倍の体躯。
口や鼻、耳がない顔には複数の目玉がぎょろりと侵入者を捉える。
特に目を惹く右腕は柱のように太く長く、そして力強い。
左腕はなく、代わりに合成素材として使われたゴブリンの頭部が肩口から覗いていた。
「くっ…!」
複数の視線に僅かに怯えたストライカーは、じり…と後ずさった。
この巨人こそが、死霊術師アズラが復活させた合成魔獣タイタンである。
「すぅぅぅ……はぁぁぁ…」
息を大きく吸い込み体内の気を早い速度で循環させる。これは自身の肉体を限界まで強靭なものに変え、強力な力を得る『強拳』の呼吸法である。
強拳の呼吸法を用いれば、力を込めた下段蹴りで動物の骨はおろか、硬い鉄柱をもへし折ってしまう破壊力を手にすることが出来るのだ。
しかしこの呼吸法は心臓に大きな負荷がかかる。その結果疲れやすくなり短い運動でも長い休憩を要するデメリットも兼ね備えている、諸刃の剣である。
この極熱の洞窟内では、強拳の呼吸法を合わせてもって5分が限界だろう。
ストライカーは小さく頷き、構えを解いてタイタンに向かい駆け出した。
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