アラド同人編(おつきさま)

□迷宮の惨殺者
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「アンタが"影の剣士"砂影(サヨン)だね?」
彼女の視線の先に、一人の男が背を向けて胡坐をかいている。
この暗い洞窟にそぐわない銀の髪。特に整えている様子はなく、適当に伸ばしている雰囲気だ。
黒い面を着けている為素顔は分からないが、その奥で赤い双眸が湿り気を帯びて光る。
青黒い肌を全身に纏っている。先天性か、洞窟というこの環境に溶け込もうという生物的な策略か。
上半身は裸で、緑の刺青を筋肉質な右腕から肩にかけて刻み込んであった。
剣士らしく黒い袴に足袋。腰には3本の刀を帯刀している。
「………」
「黙りかい?」
女…シーフは彼の沈黙を肯定とし、話を続ける。
褐色の肌。端正の取れた顔つき。スラリと伸びた長い手足。
動きやすさを重視しながらも華を求めるが如く、黒いドレスに身を包み、ヒールの高いブーツを履いている。
首には幾多の獲物の血を吸い真っ赤になったマフラーを巻いている。
両の手には鋭利なダガーナイフが握り締め、これもまた血を啜りたいと躍起になっているように見えた。
シーフは得物を空中で弄び、目の前のみすぼらしい剣士を見下した。
「あたしはとある方の要請でアンタを殺しにきた。アンタはアンダーフットの入り口に続く門を守る門番の一人らしいねぇ」
砂影がコキンと首を一度鳴らした。さっさと帰れと言わんばかりに。
「…つまりアンタの存在があたしたちダークエルフにとって邪魔なんだよ」
それは残酷な、死刑の宣言であった。
「ククク……」
しかし彼女の宣告にも動じず、影の剣士は背を向けたまま小さく笑うだけだ。
シーフも首を傾げ、それでも余裕の笑みは絶やさない。
「どうしたんだい?今から自分が殺されるってのに…恐怖でおかしくなっちまったか?」
「ククク…おかしくもなろうて。この俺の命を狙いにきたのがこんな三下の盗賊くずれなのだからな」
「何…?」
彼女の表情から笑みが消える。無表情だ。
「今何て言った…?」
砂影はシーフに構わずおかしそうに笑い、淡々と自分の考えを述べる。
「分からないならもう少し簡潔に言ってやろう。お前では俺を殺すことは出来ぬ。もっと簡単に言おうか。お前は俺には勝てない」
言い終わる前に、彼のすぐそばにクナイが突き刺さった。牽制のつもりらしいが、砂影は鼻で笑うだけだった。
「あんまりあたしをなめるんじゃないよ…次は背中に突き刺してやるよ?」
そこで砂影はふぅ…と溜息をついた。
「お前からは臭いがしないのだよ…生きるか死ぬかの瀬戸際を…死線を潜り抜けたもの独特の、血錆の臭いがな」
「アンタ…もう少し分かる言葉で話しな?」
重い腰を上げ、帯刀してる一本を引き抜く。洞窟に点々と点る明かりが反射し、禍々しい光を放つ刀。
じり…とシーフが後ずさる。信じられない殺気が空気を歪めた。
「フ……」
しかし、すぐに金属音を響かせ剣を鞘に戻した。彼にとっての、最後の通告だった。
今なら逃がしてやる。そう伝えたつもりだった。
「…アンタにはもったいないいい剣だね。アンタを殺してそれももらおうか」
彼女には…経験不足のシーフには、砂影の言葉の意味を掴めるには適わなかった。
「ならば、試してみるか?お前程度の俗物が、俺を殺せるかどうか……ククク」
「言うじゃないか…その口、膾切りにしてやるよ!!」
ナイフを手にシーフが猛然と駆ける。
「うらあああっ!!」
両手の刃物が唸り声を上げ棒立ちになった砂影に襲い掛かる。
闇の侍はシーフの猛攻に刀を抜くことすらせず、最小限の動きでそれら全てを避ける。
「それが全力か?クク、貴様が相手では刀も必要なさそうだな」
砂影の挑発に簡単に乗るシーフ。やはり、その程度だ。
連続攻撃で疲れ、荒い息を吐くシーフは、疲労に震える身体を押し、目の前のいけ好かない男に自身の最高の必殺技をお見舞いしてやろうと身構えた。
ぐぅっと、蛙のように屈伸する。
ミシミシ、ミリミリと関節が悲鳴を上げる。
全身の痛みを堪え、シーフは限界まで押しつぶし溜めていた力を一気に解放した。
「ソニック……アサルトッ!!」
ソニックアサルト。
直訳すると、音速の襲撃。
その名の通り、音の速さで相手に接近、連続して攻撃する技である。
彼女のこの技を一度でも受ければ、後は手の中で暴れる刃が敵の全身を原型を留めることなくズタズタにするまで踊り狂うのみだ。
「後悔させてやる…!!」
まず狙うは喉笛。
痛みに悶え声も上げられなくなれば、あとは好きなように切り刻む。
舌なめずりをしながら瞬時に肉薄し、まさに敵の喉元に刃が突き立つ刹那。

「その程度で音速を名乗るか。遠く及ばぬな、小娘」

あっさりと。本当に、何でもないように。
シーフの華奢な手首を、初めからこう来ると教えられたかと錯覚する程の、完璧なタイミングで受け止めた。
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