アラド同人編(おひさま)

□マスター、大好きっ♪
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程なくして、俺たちは目的の場所についた。
なんてことはない、ありふれたカラオケボックス。
「二人で…二時間でお願いします」
店員は面倒だな、とこちらから見てもわかるほどの顔で無造作にプラカードを俺たちに手渡した。
そのカードに書かれた数字の部屋へ入る。
俺たちの他に客は疎らにしかいない。平日だから当たり前だろうけど。
部屋は個室形式になっており、広いテーブルとふかふかのソファー、壁には大きめのモニターが設置してあり、その他にはマイク、曲を選択するためのリモコンがテーブルの上に置いてあった。
「ここがカラオケかぁ〜…あ、見て見てマスター。アニソン特集だって!!」
「まぁわかったから落ち着けって。とりあえず飲み物持ってくるから。エレ、お前何飲む?」
余程楽しみだったんだろう。きゃぁきゃぁ騒ぐエレに俺はやや苦笑しながらどんなドリンクを飲むか尋ねた。
「んとねー…えっとねー…じゃあコーラ!」
「あー、わかった。歌って待っててくれ」
店の隅にあるドリンクバーに移動する。
グラスを取り、氷を入れてコーラを注ぐ。泡と共にカラメル色の液体がグラスを満たしていく。
俺は続いて自分のグラスにオレンジジュースを注ぎながら、この間の出来事を思い返していた。
それは数日前のこと。
『マスター、カラオケって、歌を歌うところなんだよね?』
『え?ああ、そうだけど…どうした?』
『う、ううん。その…行ってみたいな…って』
いつもこちらを引っ張るタイプのエレが控え目にお願いするのは珍しい。
『ああ、いいぞ。いつがいい?』
『…火曜日』
すぐに返事が返ってきた。
『火曜って…たしかお前だけバイト休みの日だよな?そんな日じゃなくても、日曜とかならみんないるんだから、その日にすれば…』
『お願い…二人っきりで…カラオケ、行きたいの』
そこまで言われたのならノーはタブーだろう。俺は深く考えることなくオーケーを出した。
「でもあいつ…何か思いつめてた顔してたな…」
考えすぎだろうか。
とにかくエレの待つ部屋に戻る。
…心配した俺がバカだったとすぐに気づくことになる。
とってもハイテンションで歌っていらっしゃった。一人で。
「あ、マスターも歌お?」
丁度歌の切れ目だったらしく、もうひとつのマイクを手渡される。
テレビで何度か聞いたことのある曲調と歌詞だったため、ぎこちなくながらも彼女についていく。
隣で彼女の歌声を聞いて思ったのだが、エレは歌が非常に上手い。サビの部分はもちろん、聴いたこと無い歌でも2番からはほぼ完璧に歌いこなしている。
またその歌唱力も素晴らしいものだった。
彼女の透き通った混ざり気の無い声がマイクで広がっていく。
こいつマジでアイドルになれるんじゃないだろうか…
ついでに、自分の歌唱力の無さに落胆もした。
しばらく二人で歌い続けて、三十分ほど経過したころだろうか。
突然エレが歌わなくなった。
「ん…どうしたエレ、歌わないのか?それとも、喉が痛むのか?」
エレは俯いたまま答えない。
俺は段々心配になってきた。
体の具合でも悪いんだろうか。
「だ…大丈夫か?帰ろうか?」
エレはふるふると首を振る。
「…マスター」
「何だ?」
エレは俯いたまま、少しだけ目に潤いを湛えて俺の服の袖をきゅっと掴んだ。
らしくない彼女に、俺は狼狽する。
「……えっち、して欲しいの」
ハァ?思わず口をついて出た疑問の言葉。
冗談でも、酔狂でもない。
彼女は頬を赤らめ、太ももをもじもじと擦り合わせていた。
とりあえず何が起こったかはわからないが、とにかく彼女を宥める事にした。
「わ、わかった。とりあえず家帰ろう、な?家でしてやるから…」
「私…今ここでえっちしたい」
わがまま…とは違うかもしれないが、自分の意思をこうもハッキリと言われると、俺も口ごもる。
「この間ね、夢を見たの」
「夢…?」
「真っ暗な世界の中で、私しかいなくて……声が聞こえてきたの。『お前はここにいるべき者じゃない』って。何度も何度も」
だから、こうやって二人きりになりたかった…?
「私達は、奇跡が生み出した曖昧な存在だから…いつまたあの世界に戻るかわからない…」
膝の上に手を置き、搾り出すような声で言った。
「わがままだってわかってる。サモちゃんやバトメちゃんにも申し訳ないって思ってる。でも…辛いんだ」
彼女は涙を堪えていた。その分、本気なのだろう。
「悪い子だよね…?マスターを独り占めしようとしてるんだもん。サモちゃんやバトメちゃんを裏切って…」
その声は、身体は、震えていた。
罪悪感と独占欲がせめぎ合ってるのがとてもよくわかる。
エレは俺の事を大切に思ってくれているが、バトメやサモの事も、同じ位大切に思っているから。
だからこそ、辛いのだろう。
そんな彼女に、俺はひとつの提案を吐き出した。
「ならさ。こうしよう」
出来るだけ優しく、エレの頭を撫でる。
「火曜日は…俺を独り占めしてもいい。だから、他の曜日は、あいつらに譲ってやってくれないか」
彼女の瞳に、輝きが戻った。
「う、うん!!」
「よしよし…」
頭を撫で続けると、彼女は俺に抱きついてきた。
そして、熱い吐息を吐きかけた。
「マスタぁ……しよ…?」
俺も苦笑いを浮かべながら頷いた。
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