TOV・CP

□instant fiance
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その日ユーリは、珍しく本を読んでいた。

学ぶ為ではなく、ただの暇潰し。

一時間ほど、曖昧に文字を追いかけていた。

人の気配を感じて、顔を上げればエステルが部屋に入ってきていた。

エステルはユーリの前に立つと、大きく息を吐き出す。

そして、重大告白をするように、ゆっくり口を開いた。


「ユーリ、お願いがあるんです」

「お願い?」


本を閉じて、彼女の言葉に集中する。

彼女はほんの少し躊躇を映した瞳で、真っ直ぐユーリを見た。


「何も聞かずに、頷いて下さい」

「それは無理だろ」


話も何も聞かないうちに頷いて、その願いを叶えるのは無理だろう。

当然だが、出来る事と出来ない事が存在する。

無責任に任せろとは言えない。


「お願いします。助けて下さい」
 
「まずは、話を聞いてから……」

「誰かに危害を加えるような事ではありません。お願いします!」

「……分かったよ。エステルがそこまで必死に頼むからな」

「ありがとうございます!」


何を言っても彼女に引く気はなかった。

それが分かったから、エステルが無茶な頼み事をしないと分かっていたから、頷いた。


「で、お願いっていうのは?」

「わたしの婚約者になって欲しいんです!」


自分の予想を超えた“お願い”に、驚いた。

まさか、そうくるとは思わなかった。


「……これはまた、大胆な告白だな」

「あ。違うんです。婚約者の“フリ”をして欲しいんです」

「フリ?」

「はい。詳しい事は言えないんですけど、一週間お願いします!」


また頭を下げるエステル。

今更断るつもりはないが、自分が選ばれた理由が気になった。
 
けれど、尋ねても答えてくれそうにない。


「て言われてもな。具体的にどうすればいいんだ?」

「一緒にいて頂ければ」

「それだけ?」

「はい。あ、でも、どこで誰が聞いているか分かりませんので、一応それっぽくお願いします」

「それっぽく……ね」

「いつもより優しくなってくれたら、完璧です」

「いつでも十分優しくしてるつもりだけど?」

「だって、ユーリ意地悪ですから」

「はいはい」


ある程度の自覚はある。

だから、肩を竦めて頷いておいた。


 
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