TOS-R・CP

□果てしなく君が見えない世界で
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風が彼女の傍を通り過ぎて行く。

長い髪が踊るように揺れていた。


「エミル?」


彼女が呼ぶ名前は、自分の物ではない。

そもそも、もう一人の……いや、利用するためだけに作り上げた人格の物ですらない気がした。


「何?」


今この体の主導権を握っているのは、ラタトスク。

だが、言葉に現れた雰囲気は“エミル”の物。

柔らかく、滑稽に思える作られた笑顔。

頼りなく笑う術を覚えてしまった。


「どうしたの? そんな泣きそうな顔して。何かあった?」


ドキリと何かが大きな音をたてた。

一瞬口元が痙攣する。

ほんの一瞬だったが、彼女の大きな瞳に映ってしまったのでは、ないだろうか。


「な、何でもない……よ?」

「嘘。こっち向いて」


頬を両手で挟まれ、無理矢理顔を上げられた。

近い。

射るような真っ直ぐな瞳。

彼女らしい強さだ、と現実逃避するように頭の片隅で考える。


「エミル!」
 
「あ、な、何?」

「……じゃない」


大きな声を出されたと思えば、彼女は目を伏せた。


「ラタトスク……でしょ?」


今度は大きく体が震えた。


「何言ってるの? 僕は」

「ラタトスク!」

「……何で分かったんだよ」


頼りなく笑っていた瞳に鋭さが戻り、声が低くなる。

マルタは安心したように、息を吐いた。


「良かった」

「あぁ?」

「良かった」


何がとは言わずに、ただ笑う。

何も考えずに大丈夫だと思えるような、不思議な笑顔。

その距離が照れくさくて、ラタトスクは彼女から離れた。


「マルタ」

「何?」

「アイツに変わる」

「待って!」


彼女が望むであろうエミルにこの場を譲ると言えば、腕を掴まれた。


「……何だ」

「私と話するの嫌?」

「んなわけねぇだろ」

「だったら、少しだけ良いでしょ?」

「わかった」


エミルにするように、いや、少しぎこちなく腕を絡める少女。
 
そんなわずかな違いに、どこか心が跳ねた。


「マルタ」

「ん?」


彼女の髪にそっと唇を落とす。

普段あれだけ『好き好き』と積極的なマルタが、顔を真っ赤に染めて、ラタトスクを突き飛ばした。


「この程度で、そんな反応するなよな」


やれやれとため息混じりに呟けば、マルタは更に赤くなる。


「ラタトスクなんて、大っ嫌い!」

「はいはい」


そんなに可愛らしい顔で言われても、痛くない。

が、あんまり彼女を苛めるわけにはいかないか。


「またな」


ニヤリと笑い、ラタトスクはエミルに体を渡した。






果てしなく君が見えない世界で

それでも、お前は見つけてくれるんだな。








E N D



2009/09/22
 

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