小説3

□幼馴染み 2013.4.3〜連載中
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「ねえお願い、今月売上少ないのぉ」

 突然やってきた男は、自分の所有するいかがわしい店に、これまた唐突に誘ってきた。
 いきなり出没することには慣れているとはいえ、女言葉には、それも背後から突如として掛けられる気持ち悪い裏声には、誰だって身構えてしまうのは仕方がない。
 それでも、こんな所にまでわざわざ友人が会いに来てくれたのだからと、コンラッドは振り返った時には笑顔を浮かべてやったのだけれども。

 しかしそんな優しい幼馴染みに、グリエ・ヨザックは怪しげな店への訪問をゴリ押ししてきた。「少しだけでいいから、ねっ?」と甘えた声を出し、可愛くもないのに上目遣いで瞬きを繰り返す。しかもべッタリとしなだれかかってくるというオマケつき。
 お色気満載の女性が同じ事をしても、母親で耐性が付いているせいであまり乗り気にはならないコンラッドは、うんざりとした顔でデカイ男を押し返しながらキッパリと告げた。

「断る」
「ええー? いいじゃない、たまには遊びに来てくれたってぇ」
「店ならこないだ行っただろう」
「こないだって、あれから随分経つわよう」
「一週間前が随分前なのか?」
「ええ、かなり前だわね」
「あのなヨザ」
「おーねーがーいィー、アタシを助けると思ってぇー。本当にちょっとだけでいいからぁ」

 言いながら両手を合わせるヨザックに、「気が向いたらな」と素っ気無い返事をしてコンラッドは歩き出した。もうすぐお茶の時間なのだ。嫉妬深い弟に執務室を追い出されてしまった時でも、茶と茶菓子があれば室内に入れてもらえると、コンラッドはこれまでの経験から知っている。
 厨房係に用意させた、主と弟の大好物を乗せた茶道具一式を抱えたコンラッドは、幼馴染みを振り切ると足早に出て行ってしまった。

 すげない後ろ姿に追い縋る事を諦めたヨザックが、「まったく、どんだけ陛下が好きなのかしらねぇ」と呆れ声で肩を竦めた。しかし、取り付く島さえなく置いていかれたはずなのに、ヨザックの顔に浮かんでいるものは笑みだ。背中を向ける寸前の幼馴染みの横顔を見てしまったせいだろう。どうしようもなく緩んだあの横顔を目撃してしまっては、もう何も言えない。
 すると厨房のそこかしこからも同意の忍び笑いが聞こえたので、ヨザックがもう一度、「ね〜え?」と強調してみると、顔馴染みの女中が「コンラート閣下だけではないと思いますが」と苦笑しながらヨザックの前に茶を置いてくれた。

「あら、ありがと」

 礼を言うと、茶を淹れてくれたのとは別の娘が、「好き度でいうならギュンター閣下のほうが凄いですよね」と身を乗り出して熱く語り始めた。すると横からもう一人が、「いいえヴォルフラム閣下のほうが上です」と譲らない。熱く議論を交わす娘達に料理担当の者達まで混ざってきて、廚房はたちまち陛下トトの話題になってしまう。誰もが自分のご贔屓の相手を応援しているので、議論はいつまでも尽きなかった。

 そんな白熱する同僚達を、茶を啜りながらのんびりと眺め、相槌を打ちながら時々ポツポツと質問をするのがヨザックだ。何気ない日常生活の中では誰もがつい口を滑らせる。
 しかし敵地とは違い、ここで収集する情報は、やれ陛下や閣下がどうした、こうしたといった、主に個人的楽しみのためのものなので、ひとしきり面白情報を収集し終わると、じゃあお邪魔したわねーと、さりげなく厨房を後にするのが常だった。そろそろ忙しくなる時間なのだ、あまり長居をして、皿洗いやら芋の皮むきやらを手伝わされてはたまらない。

 去り際に「あんたたちもいつでも大歓迎するわよん」と営業までしながら厨房を抜け出すことに成功したヨザックは、ブラブラとあてもなく城内を歩きながら、また口元に笑みを浮かべていた。
 昔の自分からは信じられないくらい、城の中をすっかり覚えてしまったのが嬉しいのと、なんだかんだ言いながらも結局、あの幼馴染みは来てくれると知っているからだ。最近は早寝早起きの魔王陛下に付き合って彼も健康的な生活をしているので、すぐに帰ってしまう事が多いのだけれど、それでも誘えば必ずコンラッドは店に顔を出した。結構律儀な男なのである。

 そのままプラプラと上司の所に顔を出したら、運の良いことに纏まった休みをもらえた。仕事もしばらく休みになったことだし、気のおけない友人も来るし、よーし、今夜は思い切り飲むぞー、と弾む足取りでヨザックは城下に向かった。「今夜は楽しくなりそうだわっ」と裏声で呟きながら。
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