小説3

□帰還 2014.10.23
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「隊長、今頃どこでどうしてるんだろうなあ……」

 せっかくいい気分だったのに、隣の奴の呟いた言葉が酔った頭を急速に冴えさせていった。
 オレの店には仲間がよく遊びに来る。全員が女装した野郎に興味なんかないくせに、誰かしら、しょっちゅう顔を出してくれている。売り上げに貢献してくれるのもありがたいことだが、こんな場所にまでわざわざ会いにきてくれるその気持ちが何より嬉しい。
 だが同じ隊だった奴等が飲み屋で顔を合わせれば、自然と話はひとつの方向に行っちまう。今夜もやっぱりそうだった。
 頭の中で考えていたことをそのまま言われてしまい、オレは意識して口角を上げて見せた。

「きっとあの愛想の良さでどっかの女んトコにしけこんだはいいが、その女に足止め食らってんだろ、本気になられちまってさ」
「……なら、いいんだけど」

 いつも通りの、あえて軽い調子の受け答えをしたら、奴は頼りなげに笑って手の中の酒に目を落とした。

「ほーんとあいつってば親父さんに似てるよな、昔から国外に出掛んの大好きだったし。けどさあ、見た目は親父さん似でも、中身はツェリ様の狩人の血の方が濃かったって思わねえ? 絶対、港ごとに女がいそうだもんな、あのスケコマシ」

 こんな不毛な会話を何度繰り返しただろう。そしてこいつのこんな顔を何度見たことだろう。
 やんなっちゃうわよねえーなどと女口調で茶化しながら、オレは不安そうに微笑む戦友の背中を軽く叩いて盃を酒で満たしてやった。気持ちは痛いほど解るからだ。だから無理やり笑って明るい話題を探している。
 だが、うつむく友人へ言った事は、本当は自分に言い聞かせたい言葉だった。


 ある日、隊長が姿を消した。
 いきなり姿が見えなくなって、それからもう三年だ。いや正確には三年と半年にもなるか。
 普段なら気にしない。もうほんとに全然気にしない。奴の放浪癖は子供の頃から知っているからだ。どっかの国の舞踏会で賞を取ったとか、どっかの国で珍獣と戦ってきたとか、そりゃあもう馬鹿らしい事を喜々としてやってきているからだ。こっちの身にもなれよっていうくらいの阿呆らしい話を毎回聞かされてきたからな。

 だが今回はいなくなった時期が時期だった。いつものコンラッドなら何年姿を見せなくたってちっとも気にはならないが、しかしいなくなったのはよりにもよって彼女の、あのスザナ・ジュリアの件で落ち込んでいた時だ。あの戦いで負傷した身体の傷も、まだ完全には癒えきってはいない時だった。
 そんな精神的にも肉体的にも不安定状態の時に突然、消息不明になっちまったもんだから、仲間が心配するのも無理はない。行方不明だなんておおっぴらには公表しちゃいないが、こういう噂は自然と広まるもので、あれからこの店に来た奴等の全てが同じ話題を口にしていった。あの男の身を案じながら。
​​
 もちろんオレもだ。茶化して笑い話にしている裏で、暇さえあれば消息を探っている。だがしかし、どれだけ調べても何も引っかからなかった。
​実の兄弟の閣下たちですら、グウェンダル閣下はともかく、あの三男閣下ですらオレに探せと命令なさったくらいに完璧な行方不明だ。あの男は持ち前の人当たりの良さで人間の中でもすーぐ馴染んでしまうから、普通より探すのは困難かもとは思ってはいたが、オレもまさかここまで完全に​消え失せるとは予想外だった。

 なにしろ痕跡すらどこにもない。どっち方面へ向かったどころか、足跡さえ辿れないのだ。いなくなった寸前に眞王廟へ行った事だけは分かったが、そこからの足取りが丸っきり掴めやしない。まさかずっとあの女の園にいるわけではないだろうし。
 一応、念のために潜入して探ってはみたが、やっぱり眞王廟の中にもいなかった。隠し部屋でもあるのかと普段より念入りに探したが見つからなかった。食事も人数分しか作ってないし、どこかへ運んでいる様子もなかったから、あそこへ囚われているという可能性は無いだろう。
 ここまで完璧に何もないと、まさか、という考えが頭にチラついて離れなかったものの、ありがたいことにまだ死体も発見されてはいない。この国以外でも。
​​それでも姿が見えないままという事実は揺ぎ無く、あの男の不在は​ずっとオレたちを悩ましていた。夢にまで見ちまうくらい願ってたんだ。早く還ってこいよと、つい祈っちまうくらいに。​

 なのに、なんだこれは?
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